コラム

性転換するわが子を守り通した両親の戦いの記録

2016年01月13日(水)16時00分

性転換プロセスを経たNicole(表紙写真右)と双子の兄弟のJonas(写真左)

 同性婚が次々と合法化され、有名人がゲイ、レズビアン、トランスジェンダーを公表しているアメリカなので、LGBT(Lesbian, Gay, Bisexual, and Transgender)に対する偏見は日本より少ないというイメージがあるかもしれない。

 だがアメリカには、日本にはみられない宗教による偏見と差別がある。

 しかも、日本に住んでいる人が想像できないほど陰険で、危険なレベルの差別だ。ゲイやトランスジェンダーというだけで憎まれ、殺されることすらある 。特に中西部や南部でその傾向が強い。リベラルが多いことで知られる東海岸北部でも、田舎に行くと保守的な住民が多い。

 Wayne Mainesが生まれ育ったニューヨーク北部の小さな田舎町もそのひとつだ。「愛国心、勤勉、家族愛」を重んじる労働者階級の家庭で育ったWayneは、高卒で空軍に従軍した後、20代半ばに復員軍人援護法(GI Bill)の適用を受けてアイビーリーグのひとつコーネル大学に入学し、修士号まで取得した堅実な努力家だ。

 Wayneの妻Kellyもまた田舎の労働者階級出身だが、問題が多い家庭で育ち、高校を中退してヒッピー的な暮らしをしたところは夫とは異なる。けれども、その後努力して教育を積み重ね、専門家として職を得たところはWayneとよく似ている。

 このように、Maines夫婦には経済的に恵まれた環境で育った知的階級にありがちな「リベラルな思想」などはなく、ことにWayneの場合には共和党の保守的な家庭で育ったので伝統的なジェンダーの考え方が染みついていた。

 子どもができなかったMaines夫婦は、望まない妊娠をしてしまったKellyの16歳の従妹から双子の男児を養子にして、WyattとJonasと名付けた。一卵性双生児だから外見は見分けがつかないくらい似ている。ところが、育つにつれて二人の行動には大きな差があることがわかってきた。

 車やアクションヒーローという"男の子らしい"ものが好きなJonasに対して、Wyattのほうはバービー人形が好きで、人魚姫ごっこをしたりドレスを着たがったりする。

プロフィール

渡辺由佳里

Yukari Watanabe <Twitter Address https://twitter.com/YukariWatanabe
アメリカ・ボストン在住のエッセイスト、翻訳家。兵庫県生まれ。外資系企業勤務などを経て95年にアメリカに移住。2001年に小説『ノーティアーズ』(新潮社)で小説新潮長篇新人賞受賞。近著に『ベストセラーで読み解く現代アメリカ』(亜紀書房)、『トランプがはじめた21世紀の南北戦争』(晶文社)などがある。翻訳には、レベッカ・ソルニット『それを、真の名で呼ぶならば』(岩波書店)、『グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ』(日経BP社、日経ビジネス人文庫)、マリア・V スナイダー『毒見師イレーナ』(ハーパーコリンズ)がある。

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