「みんなのための資本論」と99%のための資本主義
ライシュの成長前提の処方箋
1979年以降、人々がより貧しくなり、他方で一部の人が超リッチになったのはなぜなのだろうか。
現象的にはさきほどみたように、好況と不況のサイクルの中で、不況のときに失業であっても、好況になれば新しい職業につくことができた。だが、新しい職業では前ほど賃金が高くはない。むしろ低下してしまった。この「実質賃金の低下」が貧困の原因だ。そして他方で、大企業の経営者や文化・スポーツ界の超リッチな人たちが誕生してもいる。この現象はなぜか?
ライシュによれば、1979年からの経済格差は、特に1981年のレーガン政権のときに決定的なものになったという。レーガン政権の労働組合の不当な弾圧や、また金融機関などの資本市場の自由化が、合わせ技になって、前者は賃金の低下を、後者は一部の経営者たちの報酬を急激に増加していったという。この点は映画でも当時の労働組合弾圧の光景などを交えて紹介していて興味深い。また最近の原発労働者たちの組合結成についても描かれていて、そこにライシュ自身がアジテーターとして招かれているシーンもある。
多くの労働者たちは組合の影響力が低下することで、賃金や待遇面での交渉力を失ってしまう。さらに公教育への政府の支援が不足することで、低所得者層の人たちが中間層やさらに上層の所得階層になる可能性が激減してしまう。アメリカは階級社会の典型といわれるイギリスよりも格段に「社会移動」(所得階層間の人的移動)が乏しい国に成り下がってしまった。教育の機会が割高になったことで、労働者たちの人的資本の形成に支障がでてしまい、それが賃金の低下にも結び付いてしまう。映画では、すでに中年になった男女がどうにか所得をあげようと、大学に入りそこで学歴を得ようとする姿も描かれている。だが、彼ら彼女たちの将来は決して明るいものではないことを、暗にライシュは警告とともに告げている。努力すれば報われるわけではないと。
ではどうすればいいか。映画ではクリントン政権のときの労働長官の経験が、かなりシニカルに懐古されている。簡単にいえば、「自分の主張を試す絶好の機会だったが、なにしろ政治の世界は素人で、複雑すぎて思い半ばで挫折した」ということであろう。理論をどう実践に結び付けるか、日本でも他人事ではない問題だ。
いまのライシュの処方箋を、著作『余震』から列挙してみよう。低所得者層には十分な補助を与える一方で、働けば働くだけその成果を自分たちのものにできることでより上位の所得水準に到達しやすくするシステム(給付付き税額控除)の導入、炭素税の導入、富裕層への最高税率の引き上げ、失業対策よりも再雇用制度の充実(職業教育の充実など)、卒業後の所得に適合した教育ローン、公教育の充実(世帯所得に応じた教育クーポン券の発行)、公共財の拡大、そして政治とカネの結びつきを再考することなどである。いずれもいまの日本の政策課題として重要な提言が並ぶ。ただし日本では失業対策が重要なことと、それとともに金融政策の重要性を強調すべきだと思う。
富裕層の最高税率を引き上げることは、豊かな層から貧しい層への所得の再分配をすすめるものではない、とライシュはいう。富裕層からとった税金は、公的教育やセーフティネットの拡充につかわれることで、中間層を養い、彼らの総需要の力を強くする。それが経済全体を大きくし、株価など資産価値を引き上げることで富裕層のためにもなる、という「成長の果実」をライシュは強く主張している。この成長前提の思考は、日本のリベラルな人たちに決定的に欠けているだけに新鮮なものだった。ライシュは、新刊の『Saving Capitalism (資本主義を救え)』(2015年)を出版するなどますます元気に活動している。
※当記事は「田中秀臣さんのブログ」からの転載です。
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