コラム

ヨーロッパのデジタルノマドワーカーが実践する「非同期ワーク」とは?

2021年05月11日(火)18時00分

非同期型ワークとは何か?

ここでいう非同期(Async)とは、「誰かの応答を待つことなく、他者と歩調を合わせずに仕事ができる」という意味である。非同期は、仕事をする場所と時間を自分で決めることができ、自律的に仕事を進めていくワークスタイルである。上司に絶えず監視されることもなく、自宅待機も必要ない。作業のパフォーマンスを評価するのは、出社することではなく、仕事の質なのだ。

非同期型の仕事は場所を選ばない。特定の時間に合わせ、待機しなければならない「同期型の仕事」は、異なるタイムゾーンに長期の旅行や居住することが困難となる。米国人がアジアから仕事をするのは難しく(ニューヨークの午前8時が東京の午後9時)、ヨーロッパ人が米国から仕事をする(ベルリンの午前8時がニューヨークの午前2時)のも難しい。非同期であれば、タイムゾーンの制約を受けず、インターネットがあれば世界のどこにいても仕事ができるのだ。

同期型の仕事では、上司や同僚たちに気を使い、自身の集中力が低下してしまうこともある。非同期型の仕事では、一人で自分の考えに没頭することができ、「ディープワーク」として知られる創造的なフロー状態に入ることもできる。

米国ジョージタウン大学のコンピューター・サイエンスの教授で、『ディープワーク: 気が散る世界で集中して成功するためのルール』(2016)の著者であるカル・ニューポートは、「ディープワークを実行する能力は、私たちの経済においてますます価値が高まっていると同時に、ますます希少になっている。その結果、このスキルを培い、それを自らの中心に据える少数の人々の労働生活は繁栄する」と指摘している。つまり、ますます非同期型の人々が、同期型の人々よりも質の高い仕事をアウトプットできるようになるという。

takemura20210511_4.jpg

カル・ニューポート著『ディープワーク:気が散る世界で集中して成功するためのルール』(2016)。ディープワークとは、日々のメールやソーシャルメディアに翻弄されるのではなく、複雑な情報を素早くマスターし、より少ない時間でより良い結果を生み出すことができるスキルのこと。

ストレスのない非同期

非同期型ワークスタイルの最大の強みは、すべてのことをピーク時以外に行うことができることだ。道路が空いているときにクルマを走らせ、皆が仕事をしている時間にビーチに行くこともでき、オンシーズンよりホテルや飛行機代が安く、混雑しない時期を予約できる。

これらのことは、非同期型ワークの人たちにとって、ストレスを減らし、健康を増進し、幸福感を高めることにつながるという主張を裏付けている。仕事の場所と時間を自分で選択することで、よりバランスのとれた健康な生活を送ることができるのだ。

非同期派 vs 同期派

大きなメリットがあるため、非同期で仕事ができる人とできない人の間には、大きな溝ができるかもしれない。非同期で仕事ができる人(非同期派)は、ストレスが少なく、人混みから離れ、質の高いディープワークに集中でき、余暇を楽しむ機会も多くなる。好きな場所で暮らせることで、より自由で平和な生活を送ることも可能となる。

それができない人たち(同期派)は、月曜から金曜までの9時から5時までの旧来の労働時間に縛られ、同僚に気を取られ、平凡な仕事を繰り返し、週末にだけ余暇を過ごす。渋滞や行列に巻き込まれてストレスを感じ、仕事のために1つのタイムゾーンに縛られることになる。

同期派と非同期派の分かれ目は、一方が同じ自由を持っていないために、共存が難しいことだ。同期派は、自分の生活を同じ同期派の勤務時間に合わせて制限するため、最終的には非同期派と同期派は分離していくかもしれない

同期派の人たちは、一週間ずっと週末を待ち、一年の間では夏休みを待ち望む。一生涯ではリタイアの日を待つことになる。一方、非同期の人たちは、大げさに言えば、毎日を日曜日として過ごすのだ。

プロフィール

武邑光裕

メディア美学者、「武邑塾」塾長。Center for the Study of Digital Lifeフェロー。日本大学芸術学部、京都造形芸術大学、東京大学大学院、札幌市立大学で教授職を歴任。インターネットの黎明期から現代のソーシャルメディア、AIにいたるまで、デジタル社会環境を研究。2013年より武邑塾を主宰。著書『記憶のゆくたて―デジタル・アーカイヴの文化経済』(東京大学出版会)で、第19回電気通信普及財団テレコム社会科学賞を受賞。このほか『さよならインターネット GDPRはネットとデータをどう変えるのか』(ダイヤモンド社)、『ベルリン・都市・未来』(太田出版)などがある。新著は『プライバシー・パラドックス データ監視社会と「わたし」の再発明』(黒鳥社)。現在ベルリン在住。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

マスク氏、州裁判官選挙に介入 保守派支持者に賞金1

ワールド

米テキサス・ニューメキシコ州のはしか感染20%増、

ビジネス

米FRB、7月から3回連続で25bp利下げへ=ゴー

ワールド

米ニューメキシコ州共和党本部に放火、「ICE=KK
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:まだ世界が知らない 小さなSDGs
特集:まだ世界が知らない 小さなSDGs
2025年4月 1日号(3/25発売)

トランプの「逆風」をはね返す企業の努力が地球を救う

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者が警鐘【最新研究】
  • 3
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「最大の戦果」...巡航ミサイル96発を破壊
  • 4
    「炊き出し」現場ルポ 集まったのはホームレス、生…
  • 5
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 6
    メーガン妃のパスタ料理が賛否両論...「イタリアのお…
  • 7
    3500年前の粘土板の「くさび形文字」を解読...「意外…
  • 8
    突然の痛風、原因は「贅沢」とは無縁の生活だった...…
  • 9
    なぜ「猛毒の魚」を大量に...アメリカ先住民がトゲの…
  • 10
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大…
  • 1
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山ダムから有毒の水が流出...惨状伝える映像
  • 2
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き詰った「時代遅れ企業」の行く末は?【アニメで解説】
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【独占】テスラ株急落で大口投資家が本誌に激白「取…
  • 5
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥ…
  • 6
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 7
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 8
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 9
    「テスラ離れ」止まらず...「放火」続発のなか、手放…
  • 10
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」…
  • 10
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story