コラム

トランプの宇宙政策大統領令と国際宇宙探査フォーラム

2018年03月06日(火)15時30分

民間企業であるSpaceXが見事に有言実行し、人類が火星に行くという夢のような話を着々と実現させている一方、トランプ政権はまともな予算も組めず、明確な目標も設定できず、本当に月や火星にいけるのかどうか、全く見通しが立たない状態をグズグズと続けている。このような状況で熱気やワクワク感が生まれるはずがない。

しかも、NASAはオバマ政権時代からスペースシャトル退役の代替プロジェクトとしてSLS(Space Launch System)という巨大ロケットとオライオン(Orion)というカプセル型の有人宇宙船の開発を進めてきた。

オライオンに関しては、アポロ時代のコンセプトに戻ったとして技術的な進歩が見られないと評判が悪く、SLSは開発の遅れが激しく、また名前が示すとおり、このロケットで火星に行くのか、月に行くのか、小惑星に行くのかで常に議論が絶えず、結局「宇宙打ち上げシステム」という何の変哲もない名前になるというワクワク感の欠片も感じない状況にあり、さらには10億ドルかけて建設したSLSの発射タワーが斜めになっており、複数回使うことすらできないというオチまでついている

このようにSpaceXの華やかさとは比較にならないほど、政府が進めるプロジェクトはグダグダな状態であり、これも熱気やワクワク感が持てない理由となっている。

中国への対抗?

それでもトランプ政権が「月に戻る」という方針を示しているのは、ひとえに中国が着々と有人月探査への歩みを進めているからであろう。中国は嫦娥(中国版竹取物語のかぐや姫)計画を進めており、既に月面にローバー(探査車)を軟着陸させている。また、中国は既に神舟という有人宇宙船と天宮という宇宙実験室を運用しており、宇宙飛行士の1ヶ月程度の滞在も経験済みである。

現時点で、月面の有人着陸に成功したのはアメリカだけであり、月面に立っている旗はアメリカ国旗のみである。1967年の宇宙条約によって月面の領有は認められていないが、それでもアメリカには「月に行ったのはアメリカ人だけ」というプライドがあることは間違いなく、中国の宇宙飛行士が月面に降り立つ前にアメリカの宇宙飛行士が月に戻っていなければならない、という心理が働いてもおかしくはない。

かつての米ソ宇宙競争時代において、宇宙技術は軍事技術と密接に関連し、ソ連が打ち上げたスプートニクは、宇宙技術でアメリカを追い越したというショックよりも、衛星を打ち上げる能力はすなわちミサイルで世界中どこでも攻撃出来る能力であると見られたことで大きなショックとなった。その後、宇宙技術を持つことで軍事技術の優位性を誇示することが、イデオロギー競争であり、大国間競争でもあった冷戦においては重要であった。

しかし、アメリカと中国の間には競争的な関係はありつつも、同時に経済的な結びつきも強く、中国はかつてのソ連のような敵として扱われてはいない(もちろん潜在的なライバルであることは間違いない)。また、既に中国は潜水艦発射の核ミサイルを保有し、かつてのソ連との間で繰り広げられた核ミサイルの軍拡競争という状況にもない(2018年に発表された「国家防衛戦略(National Defense Strategy)」と「核態勢見直し(Nuclear Posture Review)」では中国を仮想敵国として位置づけてはいるが、かつてのソ連との対抗というニュアンスよりも、潜在的な脅威に対抗するというリスク管理の考え方がベースにあるように見える。

つまり、中国が月に宇宙飛行士を送ったところで、軍事的な影響は限定的であり、また、それに対抗して抑止するという必然性もない。なので、中国との月面有人探査競争に勝たなければならないという死活的な命題があるわけではない。これも熱気やワクワク感が生まれてこない理由であろう。

プロフィール

鈴木一人

北海道大学公共政策大学院教授。長野県生まれ。英サセックス大学ヨーロッパ研究所博士課程修了。筑波大大学院准教授などを経て2008年、北海道大学公共政策大学院准教授に。2011年から教授。2012年米プリンストン大学客員研究員、2013年から15年には国連安保理イラン制裁専門家パネルの委員を務めた。『宇宙開発と国際政治』(岩波書店、2011年。サントリー学芸賞)、『EUの規制力』(共編者、日本経済評論社、2012年)『技術・環境・エネルギーの連動リスク』(編者、岩波書店、2015年)など。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

再送-EQT、日本の不動産部門責任者にKJRM幹部

ビジネス

独プラント・設備受注、2月は前年比+8% 予想外の

ビジネス

イオン、米国産と国産のブレンド米を販売へ 10日ご

ワールド

中国、EU産ブランデーの反ダンピング調査を再延長
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 2
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2人無事帰還
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 5
    あまりにも似てる...『インディ・ジョーンズ』の舞台…
  • 6
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 7
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 8
    「隠れたブラックホール」を見つける新手法、天文学…
  • 9
    イラン領空近くで飛行を繰り返す米爆撃機...迫り来る…
  • 10
    【クイズ】アメリカの若者が「人生に求めるもの」ラ…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 3
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「最大の戦果」...巡航ミサイル96発を破壊
  • 4
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 5
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥ…
  • 6
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 7
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 8
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 9
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 10
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story