コラム

イラン核合意を巡る米欧交渉と国務省のジレンマ

2018年02月26日(月)16時15分

国務省のジレンマ

イラン核合意の一方の当事者であり、特にオバマ政権からアメリカの国務省で制裁や核不拡散に取り組んできた官僚達も、トランプ大統領の執拗なまでのイラン核合意に対する嫌悪と破棄の要求を理解しかねている。

しかし、大統領の支持である以上、全く無視するわけにもいかない。既に国務省からは多くの職員が辞職し、トランプ政権発足以来、数百人の単位で職員が辞職していると言われているが、その中の一人が、国務省の制裁担当で、多国間交渉の舞台裏を仕切ってきたジョシュア・ブラックである。彼はイラン核合意の真の立役者であり、国連や各国の制裁を熟知し、イランに対してどのようにアプローチすればもっとも効果的な結果を得られるのかを知り抜いた人物である。そのブラックも、度重なるトランプ大統領のイラン核合意破棄の要求に耐えられなくなったのか、国務省を離れることとなった(公式の場で彼が大統領に対して不満を言うことはないが、おそらく彼は自分の歴史的使命が終わったと感じていることだろう)。

こうした中で、国務省は欧州各国と調整し、なんとか大統領が求めるイラン核合意の修正を欧州各国と協議しなければならない状況に追い込まれている。ロイターにリークされた国務省の電報では、その苦しさがよく現れている。

国務省は、まずは欧州にイラン核合意の修正に関する交渉のテーブルに着くことを求め、その中でも、既存の核合意を大きく損ねることなく、大統領が求める変化を生み出すため、核合意には含まれていなかった、イランのミサイル開発に関する制限を合意に含めること、また、核合意で定められた履行期限(sunset clause)を無期限ないしは大幅な延長をすること、そして、IAEAによる査察を強化すること(とりわけ軍事施設への立ち入り査察を可能にすること)を提案している。

しかし、国務省は仮にアメリカと欧州各国が同意することができたとしても、それだけで核合意の修正にはならないことは良く理解している。英仏独とアメリカの他に中国とロシアも核合意に署名しており、さらに言えばイランがこの修正案に同意しなければ、いくら新しい合意ができたところで絵に描いた餅になるしかない。そして、中国やロシアが現行のイラン核合意を変更することは全く考えていないであろうし、イランに至ってはそうした一方的な変更を押しつけられ、それを鵜呑みにすれば、国内の保守強硬派が黙っていないという状況になるだろう。

つまり、国務省は一方で大統領の命令には逆らうことができず、他方で自分たちですら納得していない実現不可能な提案を欧州各国と交渉するという逃げ場のないジレンマの中にある。

出口はあるのか

では、この状態に出口はあるのだろうか? 当面、国務省は欧州と交渉を進め、新たにイランのミサイル開発を制限するといった制裁を設定することは不可能ではない。フランスはイランがミサイル開発をしていることを強く懸念しているし、イランがイエメン内戦の当事者であるフーシ派を支援し、ミサイルの部品などを供給しているとも見られている。アメリカは独自制裁としてイランのミサイル開発関係者や企業を制裁対象としているし、国連安保理の決議2231号でも核合意を承認すると同時に、過去のイラン制裁で取り上げられていたミサイル開発の禁止とミサイル関連部品の輸出の制限、武器禁輸などが定められており、イランのミサイル開発は厳密には国連安保理決議違反と言えない部分もあるが、それでもイランのミサイル開発は国際秩序を乱すものとして認定しやすい。

もしかすると中国やロシアも新たにミサイル開発を対象に制裁することは認めるかもしれない。また、制裁を科す場合、対象国であるイランは当然反対するわけだから、イランの同意は必要なく、安保理決議を通じてイランのミサイル開発を制裁するということは可能である。

プロフィール

鈴木一人

北海道大学公共政策大学院教授。長野県生まれ。英サセックス大学ヨーロッパ研究所博士課程修了。筑波大大学院准教授などを経て2008年、北海道大学公共政策大学院准教授に。2011年から教授。2012年米プリンストン大学客員研究員、2013年から15年には国連安保理イラン制裁専門家パネルの委員を務めた。『宇宙開発と国際政治』(岩波書店、2011年。サントリー学芸賞)、『EUの規制力』(共編者、日本経済評論社、2012年)『技術・環境・エネルギーの連動リスク』(編者、岩波書店、2015年)など。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

アングル:フィリピンの「ごみゼロ」宣言、達成は非正

ワールド

イスラエル政府、ガザ停戦合意を正式承認 19日発効

ビジネス

米国株式市場=反発、トランプ氏就任控え 半導体株が

ワールド

ロシア・イラン大統領、戦略条約締結 20年協定で防
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさかの密航者」をCAが撮影...追い出すまでの攻防にSNS爆笑
  • 3
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 4
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 5
    感染症に強い食事法とは?...食物繊維と腸の関係が明…
  • 6
    フランス、ドイツ、韓国、イギリス......世界の政治…
  • 7
    オレンジの閃光が夜空一面を照らす瞬間...ロシア西部…
  • 8
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者…
  • 9
    「ウクライナに残りたい...」捕虜となった北朝鮮兵が…
  • 10
    強烈な炎を吐くウクライナ「新型ドローン兵器」、ロ…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 5
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 6
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 7
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 8
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 9
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 10
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 7
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 10
    「腹の底から笑った!」ママの「アダルト」なクリス…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story