ヒズボラ指導者の殺害という「勝利の美酒」に酔うネタニヤフ首相だが、政権の足元は「崩壊」寸前
The Glow of Temporary Triumphs
ナスララの死を受けてネタニヤフがほくそ笑んだのは当然として、興味深いのはその発言だ。軍と秘密情報機関モサドの功績をたたえるに先立ち、ネタニヤフは言ったものだ。「この間、イスラエル軍はヒズボラに強烈な打撃を与えてきた。しかし私は、まだ不十分だという結論に達した。故に(ナスララ殺害の)命令を下した」と。
何事も自分の手柄にしたがるのは政治家の常だが、それだけではあるまい。この間ずっと、10.7奇襲を防げなかった国軍を非難してきたネタニヤフとしては、ここで軍部やモサドを英雄に仕立てるわけにはいかなかった。
司法改革で対立激化
軍部との摩擦は、連立政権発足直後の昨年1月に発表した司法改革案にさかのぼる。表向きは司法の民主化策とされていたが、実は政権の政治的な都合に警察や検察、裁判所を従わせ、イスラエルを「自由なき民主国家」につくり替えようとする極右ポピュリスト勢力の構想だった。そしてネタニヤフ政権自身も、こんな改革には軍部も反対するだろうことを予期していた。
この危険な改革案には世論の猛反発があり、実現は難しいとみられていた。しかしそこへハマスとの戦争が起き、極右勢力に時ならぬ追い風が吹いた。極右のベツァレル・スモトリッチ財務相はパレスチナ自治区ヨルダン川西岸の統治に関する権限を掌握し、ユダヤ人入植者によるパレスチナ人への暴力を容認した。
国家治安担当相のイタマル・ベングビールも警察に対する支配力を強めている。彼らは口をそろえて、軍部や情報機関は弱腰で敗北主義者だと非難した。国軍幹部が画策し、ネタニヤフを失脚させるためにハマスの急襲を仕組んだという極端な発言まで出ていた。