最新記事
東南アジア

中国EVにひっくり返される? 日本車大国タイとの「固い絆」を日本が失う意味

MORE THAN JUST EV

2024年7月3日(水)17時31分
加谷珪一(経済評論家)

セター・タウィーシン首相

日本車メーカーに異例の呼びかけを行ったセター首相 ROC METAーSOPAーREUTERS

実際、日本におけるタイの重要性は多くの日本人が考えるよりもずっと高い。首都バンコクの東部には、有名なアマタシティ・チョンブリ工業団地があり、広大な敷地の中に700社もの企業が工場を構え、20万人の労働者が働いている。

こうした巨大な工業団地はタイ国内に数十カ所、建設されているが、進出企業の過半数は日本メーカーである。


バンコクには日本食のレストランがあふれ、日本人であればタイ語をしゃべれなくても不便なく生活ができるレベルにまでインフラが整っている。これも日本とタイの製造業パートナーシップがあってこそである。

中国のBYDは、タイに巨大なEV工場の建設を進めており、今年6月に操業を開始し、年間15万台の生産を見込んでいる。BYD以外にも多くの中国メーカーがタイに進出しており、このままのペースで投資が続けば、数年以内にはタイにおける日本と中国の勢力図が大きく変わるだろう。

日本のものづくりにとってタイはなくてはならない存在であると同時に、同国は安全保障上、中国に対する防波堤の役割も果たしている。日本とタイの関係は単なるビジネスだけのものではなく、外交・安全保障においても極めて重要な意味を持つ。

このまま中国の東南アジアにおけるEV戦略を放置すれば、日本とタイが構築してきた強力なサプライチェーンが消滅する危険性すらある状況といえる。

タイと似たような状況はインドネシアでも発生している。インドネシアも中国との関係や今後の産業育成の観点から国策としてEVを推進しており、タイと同様、中国製EVの生産拠点となる可能性が高い。

インドネシアの11人当たりGDPは約5200ドルと約7800ドルのタイには及ばないものの、約2億8000万もの人口を擁する巨大国家であり、経済規模の絶対値という意味では、将来的には日本の存在を脅かすポテンシャルを持っている。

東南アジアで最も産業の集約レベルが高く親日国でもあるタイと、東南アジア最大の経済大国で、今後の成長余力が極めて大きいインドネシアが中国の傘下に入った場合、日本は東南アジアにおけるプレゼンスを確実に失うことになるだろう。

筆者が危惧しているのは、日本人の東南アジアに対する認識の低さである。国内では安全保障の議論になると軍事力や外交のことばかりが議論され、その背景となる産業の問題にまで言及されることはほとんどない。

だが、外交や安全保障というのは、基本的に経済や産業の延長線上に存在するものであり、各国の経済・産業政策と切り離して考えることはできない。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

輸出規制厳格化でも世界の技術協力続く=エヌビディア

ビジネス

ラトニック氏の金融会社がテザーと協議、新たな融資事

ビジネス

米、対中半導体規制強化へ 最大200社制限リストに

ワールド

ヒズボラ、テルアビブ近郊にロケット弾 ベイルート大
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 2
    「ダイエット成功」3つの戦略...「食事内容」ではなく「タイミング」である可能性【最新研究】
  • 3
    「このまま全員死ぬんだ...」巨大な部品が外されたまま飛行機が離陸体勢に...窓から女性が撮影した映像にネット震撼
  • 4
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 5
    寿命が5年延びる「運動量」に研究者が言及...40歳か…
  • 6
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 7
    北朝鮮は、ロシアに派遣した兵士の「生還を望んでい…
  • 8
    クルスク州のロシア軍司令部をウクライナがミサイル…
  • 9
    元幼稚園教諭の女性兵士がロシアの巡航ミサイル「Kh-…
  • 10
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」…
  • 1
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 2
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 3
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 4
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 5
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 6
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 7
    北朝鮮は、ロシアに派遣した兵士の「生還を望んでい…
  • 8
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱…
  • 9
    「このまま全員死ぬんだ...」巨大な部品が外されたま…
  • 10
    2人きりの部屋で「あそこに怖い男の子がいる」と訴え…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 4
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋…
  • 5
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大き…
  • 6
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 7
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 8
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 9
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 10
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中