中国EVにひっくり返される? 日本車大国タイとの「固い絆」を日本が失う意味
MORE THAN JUST EV
実際、日本におけるタイの重要性は多くの日本人が考えるよりもずっと高い。首都バンコクの東部には、有名なアマタシティ・チョンブリ工業団地があり、広大な敷地の中に700社もの企業が工場を構え、20万人の労働者が働いている。
こうした巨大な工業団地はタイ国内に数十カ所、建設されているが、進出企業の過半数は日本メーカーである。
バンコクには日本食のレストランがあふれ、日本人であればタイ語をしゃべれなくても不便なく生活ができるレベルにまでインフラが整っている。これも日本とタイの製造業パートナーシップがあってこそである。
中国のBYDは、タイに巨大なEV工場の建設を進めており、今年6月に操業を開始し、年間15万台の生産を見込んでいる。BYD以外にも多くの中国メーカーがタイに進出しており、このままのペースで投資が続けば、数年以内にはタイにおける日本と中国の勢力図が大きく変わるだろう。
日本のものづくりにとってタイはなくてはならない存在であると同時に、同国は安全保障上、中国に対する防波堤の役割も果たしている。日本とタイの関係は単なるビジネスだけのものではなく、外交・安全保障においても極めて重要な意味を持つ。
このまま中国の東南アジアにおけるEV戦略を放置すれば、日本とタイが構築してきた強力なサプライチェーンが消滅する危険性すらある状況といえる。
タイと似たような状況はインドネシアでも発生している。インドネシアも中国との関係や今後の産業育成の観点から国策としてEVを推進しており、タイと同様、中国製EVの生産拠点となる可能性が高い。
インドネシアの11人当たりGDPは約5200ドルと約7800ドルのタイには及ばないものの、約2億8000万もの人口を擁する巨大国家であり、経済規模の絶対値という意味では、将来的には日本の存在を脅かすポテンシャルを持っている。
東南アジアで最も産業の集約レベルが高く親日国でもあるタイと、東南アジア最大の経済大国で、今後の成長余力が極めて大きいインドネシアが中国の傘下に入った場合、日本は東南アジアにおけるプレゼンスを確実に失うことになるだろう。
筆者が危惧しているのは、日本人の東南アジアに対する認識の低さである。国内では安全保障の議論になると軍事力や外交のことばかりが議論され、その背景となる産業の問題にまで言及されることはほとんどない。
だが、外交や安全保障というのは、基本的に経済や産業の延長線上に存在するものであり、各国の経済・産業政策と切り離して考えることはできない。