タイ、帰国後収監されたタクシン元首相に仮釈放の可能性 シナリオ通りとの批判で反政府運動の危機も
シナリオ通りの展開との見方も
こうした帰国、刑務所収監、警察病院への移送、国王による恩赦という一連のタクシン元首相の処遇をめぐる目まぐるしい動きは「帰国前からタイ貢献党関係者との間でできていたシナリオであり、それに沿った一連の動きではないか」との見方が出ているのも事実だ。こうしたシナリオにはタイ貢献党関係者だけではなく、プラユット前首相自身ないしはその周辺も関わっていたのではないかとの疑惑も浮上している。
実際、総選挙で野党第一党となった「前進党」のピタ党首の首相選出を上院のプラユット前首相支持派や親軍勢力が反対して阻み、第二党だったタイ貢献党が前進党抜きの連立を形成し、プラユット前首相が新設した「タイ国家団結建設党」や親軍政党「国民国家の力党」など11党と組んで新政権を誕生させたここ1カ月あまりのタイ政界の動きは、プラユット前首相の復活シナリオを実現させるためとの見方を納得させるものがある。
さらにこうした情報に加えてタクシン元首相の健康状態に関してもシナリオ通りの展開のための「偽症状」ではないかとの詐病説までささやかれている。
こうなるとタクシン元首相のタイでの「政界復帰ありき」で前政権とタイ貢献党の間でひそかに結ばれた密約の存在が疑われ、それが前政権の影響力を残した人物の新内閣への入閣にまでつながっているのではないかと、タイ政界の闇を指摘する声も出ている。
反政府運動の懸念も
タイ貢献党のセター氏を新首相とする新内閣の閣僚34人が掲載された名簿は9月1日のワチラロンコン国王による承認を得て2日に官報で発表され新政府が実質的にスタートした。
ただ、第一党になりながらピタ党首の首相就任が阻止されて新政権から疎外された形の前進党の支持者、さらに反軍、反クーデターの立場で選挙戦を戦って支持を集めたタイ貢献党の支持者の中にはこうした一連の動きに対する不満が渦巻いている。
そのため、バンコク市内の国会周辺や繁華街、地方都市での反セター内閣の反政府運動が盛り上がるとの懸念も払しょくできない状況だ。2010年にタクシン支持派の赤シャツ集団がバンコク市内中心部や郊外のスワンナプーム国際空港を占拠した「バンコク・ロックダウン」のような状況が生まれる可能性も否定できないといわれ、タイ情勢は予断を許さない状況となっている。
[執筆者]
大塚智彦(フリージャーナリスト)
1957年東京生まれ。国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞社入社、長野支局、東京外信部防衛庁担当などを経てジャカルタ支局長。2000年産経新聞社入社、シンガポール支局長、社会部防衛省担当などを歴任。2014年からPan Asia News所属のフリーランス記者として東南アジアをフィールドに取材活動を続ける。著書に「アジアの中の自衛隊」(東洋経済新報社)、「民主国家への道、ジャカルタ報道2000日」(小学館)など