最新記事

歴史

戦場に散ったラガーマンたち──知られざる「日本ラグビーと戦争」秘話

2022年8月5日(金)06時20分
早坂 隆(ノンフィクション作家)

日本ラグビーを襲った戦争

多くの若きラガーマンが出征し、その尊い命を散らした。

京都帝国大学ラグビー部で主将を務めた望月信次は、快足のセンターとして活躍。部内でのあだ名は「モッチン」だった。

京大法学部卒業後、生命保険会社で働いていた望月だったが、昭和16年7月、陸軍の主計将校として出征。以降、シンガポールなどを転々とした。

最後に望月が赴任したのがニューギニアだった。現地では深刻な食糧不足が発生。多くの餓死者が出る惨状へと落ちていった。マラリアやデング熱、アメーバ赤痢といった感染症も蔓延した。

それでも望月はラグビーで鍛えた体力や精神力が役立ったのか、生き残ることができた。望月は昭和21年1月末頃に帰国した。

しかし、彼の身体は極度の栄養失調に陥っていた。望月は広島県の旧陸軍病院に入院。「帰国」を知らせる電報を受け取った家族は、兵庫県の自宅から急ぎ列車で広島へと向かった。望月の息子である秀郎さんは、当時小学校6年生。筆者の取材に、父親との再会の場面をこう振り返る。

「父は病室のベッドの上にいました。久しぶりに見た父親の姿は、驚くほど痩せていました。ラグビーで鍛えた身体は、見る影もありませんでした」。秀郎さんがため息と共に続ける。「父はニューギニアで『カエルやトカゲを食べた』と言っていました。『ゴソゴソっと聞こえてそこに何かいたら、飛びついて捕まえて何でも食べた』と」

その後、望月が「自宅に帰りたい」と訴えるようになったため、兵庫の自宅まで連れて帰ることになった。「しかし、それが結果的には良くなかったんですね」と秀郎さんは呟く。

自宅に帰った日の夜は、一緒にすき焼きを食べるなどして楽しく過ごした。しかし、2日ほど経つと、望月の容態は急変。京都にある旧陸軍系の病院に入院することになった。

本当ならば、京大卒の後輩たちがいる京大病院に入ることも可能だった。しかし、望月はそれを拒んだ。秀郎さんはこう懐古する。

「もし京大病院に入れば、後輩の方々が力を尽くして診療してくれたと思います。しかし、父はそれを良しとしませんでした。『俺はまだ軍籍があるから』と言って、旧軍の病院を選んだのです」。望月は旧京都陸軍病院(国立京都病院)に入院となったが、すでにベッドに空きもなく、廊下に寝かされることになった。

その晩、望月は静かに息を引き取った。秀郎さんは死に目にも逢えなかった。秀郎さんが駆けつけた時、大好きな父はすでに「お骨」になっていた。ラグビーの根本精神の一つ、「フェア」であることを最後まで貫き通した望月の生涯だった。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

中国の安踏体育と李寧、プーマ買収検討 合意困難か=

ビジネス

ユーロ圏10月銀行融資、企業向けは伸び横ばい 家計

ビジネス

成長型経済へ、26年度は物価上昇を適切に反映した予

ビジネス

次年度国債発行、30年債の優先減額求める声=財務省
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ガザの叫びを聞け
特集:ガザの叫びを聞け
2025年12月 2日号(11/26発売)

「天井なき監獄」を生きるパレスチナ自治区ガザの若者たちが世界に向けて発信した10年の記録

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 2
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファール勢ぞろい ウクライナ空軍は戦闘機の「見本市」状態
  • 3
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 4
    【クイズ】次のうち、マウスウォッシュと同じ効果の…
  • 5
    7歳の娘の「スマホの検索履歴」で見つかった「衝撃の…
  • 6
    がん患者の歯のX線画像に映った「真っ黒な空洞」...…
  • 7
    ミッキーマウスの著作権は切れている...それでも企業…
  • 8
    ウクライナ降伏にも等しい「28項目の和平案」の裏に…
  • 9
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 10
    あなたは何歳?...医師が警告する「感情の老化」、簡…
  • 1
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判殺到、そもそも「実写化が早すぎる」との声も
  • 2
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
  • 5
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 6
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネ…
  • 7
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 8
    海外の空港でトイレに入った女性が見た、驚きの「ナ…
  • 9
    【銘柄】イオンの株価が2倍に。かつての優待株はなぜ…
  • 10
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 7
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中