最新記事

ISSUES 2022

怒りと液状化の時代を生き抜くために必要な「人と人をつなぐ物語の力」

THE ALCHEMY OF ANGST

2021年12月31日(金)09時35分
エリフ・シャファク(作家)

しかし、人間は年齢や性別に関係なく、誰もが感情的な生き物だ。人は、物語と感情を通じてほかの人とつながる。人が何を信じ、何のために戦うかも、物語と感情によって決まる。祖国を失ったり、故郷と切り離されたりしても、物語と感情という形で大切な記憶を持ち続ける。

感情はエネルギーの源であり、それを抑え込もうとするよりも、感情の存在を受け入れて、率直に話題にするほうが健全で、いくらか賢明なのかもしれない。

今日のような時代には、マイナスの感情を抱えること自体は別に問題ではない。不安や不満を感じるのは当たり前のことだ。

重要なのは、怒りや苦悩や不安やいら立ちを感じているかどうかではなく、それにどう向き合うか。さまざまな生の感情を前向きなものに転換し、自分個人と社会全体、地域コミュニティーにとって好ましい結果を実現できるのかが問われている。

あらゆる個別の感情よりもはるかに深刻な影響を生み出す要素があるとすれば、それは、人がいかなる感情も持たなくなることだ。膨大な量の情報にさらされて感情が麻痺し、世界のほかの地域で生きる人たちの──さらには自分の隣人たちの──境遇にほとんど意識が向かなくなれば、その瞬間に人々は互いから切り離されてしまう。

この点に関して、私たちは重要な岐路に立たされている。いま私たちが下す決定は、地球に、社会に、私たち一人一人と人類全体の精神の健康に先々まで影響を及ぼす。

今日は「苦悩の時代」かもしれないが、そこから「無関心の時代」へ移行するのは簡単だ。そして、その結果はあまりに重く、そうなってはならない。

昔、私がまだトルコのイスタンブールで暮らして小説を書いていた頃、あるアメリカ人研究者に取材されたことがある。「中東の女性作家」を研究テーマにしていた人物だ。話の途中で、その女性研究者は柔和な笑みを浮かべて、こう言った──あなたがフェミニストなのは理解できる、と。私がトルコ人で、トルコで生活しているから、という意味らしい。

要するに、彼女自身はアメリカ人なのでフェミニストになる必要性を感じない、というわけだ。アメリカでは既に女性の権利が実現し、安定した民主政治が確立しているから。

magSR211230_angst3.jpg

女性の権利擁護を訴えてトルコのイスタンブールで集会を行う女性 DIEGO CUPOLO-NURPHOTO/GETTY IMAGES

前に進むための唯一の方法

しかし16年以降、このように世界を2つに区別して考える発想は説得力を失い始めた。この年、イギリスは国民投票でEU離脱を選び、アメリカではドナルド・トランプが大統領選で勝利を収めた。ヨーロッパやそのほかの多くの国で、ポピュリズム的なナショナリズムが力を増し、自由民主主義が退潮して、権威主義的な政治体制の国が増えている。

「確かな国」など存在しない。ポーランドの社会学者、故ジグムント・バウマンの言葉を借りれば、われわれは皆、液状化の時代を生きている。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

IR整備地域の追加申請、27年に受け付けへ=観光庁

ワールド

率直に対話重ね戦略的互恵関係を包括的に推進=日中関

ワールド

豪ボンダイビーチ銃乱射事件、容疑者を殺人など59件

ビジネス

12月の日銀利上げ織り込み済み、「注目はペースと到
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を変えた校長は「教員免許なし」県庁職員
  • 4
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 5
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 6
    「住民が消えた...」LA国際空港に隠された「幽霊都市…
  • 7
    【人手不足の真相】データが示す「女性・高齢者の労…
  • 8
    空中でバラバラに...ロシア軍の大型輸送機「An-22」…
  • 9
    FRBパウエル議長が格差拡大に警鐘..米国で鮮明になる…
  • 10
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 4
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の…
  • 5
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 6
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 7
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 8
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 9
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 10
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 3
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 4
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 5
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 6
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 7
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 8
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 9
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中