最新記事

ISSUES 2022

怒りと液状化の時代を生き抜くために必要な「人と人をつなぐ物語の力」

THE ALCHEMY OF ANGST

2021年12月31日(金)09時35分
エリフ・シャファク(作家)
コロナ対策への抗議デモに参加する仏領マルティニクの市民

マイナスの感情は世界に拡散(カリブ海の仏領マルティニクで政府の新型コロナ対策に抗議する市民) RICARDO ARDUENGO-REUTERS

<「私たちは無力ではない」──情報の洪水が押し寄せ、不協和音が耳をつんざく苦悩の時代に必要なのは、人々を結束させる物語の力だ。トルコのベストセラー作家エリフ・シャファクが示す、前に進むための方法とは>

現代は「苦悩の時代」だ。それは怒り、懸念、不安、混乱、分裂、対立、そして制度への募る不信と軽蔑の時代。デジタル技術の拡散のおかげで、私たちは観客であると同時に剣闘士でもある。一瞬にして役割が入れ替わり、観客席と砂ぼこりの舞う闘技場を行き来する。

ソーシャルメディアのプラットフォームは21世紀のコロッセオと化している。これらデジタルの闘技場では、規模の大小や地域的なものか国際的なものかはともかく、毎日のように新たな闘争が繰り広げられ、剣闘士の顔触れは頻繁に変わるものの、絶えず嫌悪と不信の言葉が飛び交っている。だが、古代ローマ人が残虐で血なまぐさい見せ物を楽しんだのとは違い、私たち現代人はこの状況に怒りを募らせるばかりだ。

怒り(anger)という単語の語源は重要だ。嘆き、苦悩、悲しみ、苦悶、痛みなどを意味する古ノルド語のangr からきている。怒りは洋の東西を問わず、現在、私たちの非常に多くが、言葉にはしないものの感じている類いの痛みに直結している。罵倒合戦や蔓延する沈黙の陰の原動力になっているのは、私たちが傷ついているという事実だ。

つい最近まで、世界は今とは全く違う場所に感じられた。1990年代後半から2000年代前半は楽観ムードがあふれていた。

だが、それは危険なほど慢心と紙一重だった。歴史が進む方向はただ1つ、正義に向かって前進するのみだ、と多くの評論家が主張した。

当時、私たちは「歴史の正しい側にいる」という表現を使いがちだった。その根底にあったのは、明日は昨日よりさらに民主的で包括的で平等で相互接続された世界になる、という前提だった。当時誰よりも楽観的だったのはテクノロジー業界の夢想家たちだ。彼らはどこまでも楽天的で、シリコンバレーを出て国際会議や文化・文学の祭典に参加するたびに、今や情報は「純金」だと請け合った。情報さえあれば、より良い未来を築くことができる。情報が増えれば、さらに情報が増えて、正しい政治的選択ができるようになる。情報の迅速な拡散は独裁を打倒し、待望の社会的変化をもたらすはずだ、と。

デジタルプラットフォームの発展は民主主義の理念を世界の隅々まで伝えるだろう。民主化の遅れている国々も早晩「文明世界」に仲間入りする。2010年末にアラブ諸国で民主化運動「アラブの春」が始まった当初は、こうした楽観ムードが広く行き渡り、フェイスブックは当然、世界にいい影響を与えている、という見方が大勢を占めていた。09年のイラン大統領選後にイラン各地で起きた抗議デモを、識者は「ツイッター革命」だと歓迎した。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

焦点:マスク氏の新党構想、二大政党制の打破には長く

ビジネス

6月工作機械受注は前年比0.5%減=工作機械工業会

ワールド

解任後に自殺のロシア前運輸相、横領疑惑で捜査対象に

ビジネス

日産、米国でのEV生産計画を延期 税額控除廃止で計
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:大森元貴「言葉の力」
特集:大森元貴「言葉の力」
2025年7月15日号(7/ 8発売)

時代を映すアーティスト・大森元貴の「言葉の力」の源泉にロングインタビューで迫る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、ネットが感動の渦
  • 2
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...APB「乗っ取り」騒動、日本に欠けていたものは?
  • 3
    「ヒラリーに似すぎ」なトランプ像...ディズニー・ワールドの大統領人形が遂に「作り直し」に、比較写真にSNS爆笑
  • 4
    トランプ関税と財政の無茶ぶりに投資家もうんざり、…
  • 5
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に..…
  • 6
    犯罪者に狙われる家の「共通点」とは? 広域強盗事…
  • 7
    自由都市・香港から抗議の声が消えた...入港した中国…
  • 8
    人種から体型、言語まで...実は『ハリー・ポッター』…
  • 9
    名古屋が中国からのフェンタニル密輸の中継拠点に?…
  • 10
    「けしからん」の応酬が参政党躍進の主因に? 既成…
  • 1
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 2
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコに1400万人が注目
  • 3
    後ろの川に...婚約成立シーンを記録したカップルの幸せ映像に「それどころじゃない光景」が映り込んでしまう
  • 4
    職場でのいじめ・パワハラで自死に追いやられた21歳…
  • 5
    【クイズ】「宗教を捨てる人」が最も多い宗教はどれ?
  • 6
    為末大×TAKUMI──2人のプロが語る「スポーツとお金」 …
  • 7
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に..…
  • 8
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、…
  • 9
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...AP…
  • 10
    「本物の強さは、股関節と脚に宿る」...伝説の「元囚…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 3
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 4
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 5
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 6
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 7
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 8
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 9
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 10
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中