医学的な懸念から、政治の道具に変わった「ワクチン懐疑論」の実情
YOU CAN’T MAKE ME
ワクチン義務化反対派の多くは、接種自体の安全性や有効性については論じようとしない。彼らは単に、ワクチン接種の強制は政府の権限ではないと主張しているだけだ。
「私は新型コロナ用ワクチンの接種には反対しない。それは個人の決めることだ」と、ワクチン義務化に反対する保守派団体を率いるジェイク・デューゼンバーグは言う。
「コロナに感染するリスクの高い人はワクチンを接種すべきだという議論には説得力がある。だが若くて健康な人に対して長期的な影響の不明なワクチンを接種する理由を疑問視する医師もいると聞く。いずれにせよ、政府が決めることではない」
しかしウイルスは、無症状の感染者の体内に潜んで、免疫力の弱った人に襲い掛かる。ジョンズ・ホプキンス大学健康安全保障センターのタラ・カーク・セルによれば、地域の予防接種率の低下によって弱い立場の人(年齢や持病などで予防接種を受けられない人)に感染症が広がる可能性がある。「新型コロナ用ワクチンに関する懸念が、他のワクチンにも及んだら大変だ」
従来のワクチンの接種率も低下
新型コロナのもたらした政治的な分断は、在来のワクチンに対する態度にも影響を与えているだろうか。残念ながら、感染症対策の司令塔CDC(米疾病対策センター)にも確たるデータはない。児童向けワクチンの接種率は平均して95%以上とされるが、それは2019年まで、つまりコロナ以前の数字だ。
しかし全米感染症基金によると、各地から上がってきた昨年の数値には「ワクチン接種率の憂慮すべき低下」が認められる。つまり、ワクチンで防げるはずの病気に感染するリスクが、あらゆる年齢層で高まっているということだ。
例えばフロリダ州マイアミデード郡では、20年4月時点で各種ワクチンを接種した児童数が前年同月比で60%も減少。ミシガン州では同年5月、生後5カ月未満の乳幼児の半数がワクチン接種を済ませていなかった。ニューヨーク市では同年3月から5月にかけて、各種ワクチンの出荷量が前年比で9割も減った。
ただし、当時はアメリカで新型コロナが猛威を振るい始めた時期。あの頃は親が子供を医者に連れて行くのもはばかられた。
しかし多くの小児科医が、懸念すべき変化を肌で感じているのは事実だ。例えばミシガン大学で「かかりつけ医」の指導に当たっている内科医のジョエル・ハイデルボーによれば、わが子へのワクチン接種を拒否する親が増えている。コロナ以前は年に数人だったのに、今では週に少なくとも2人はいるそうだ。