最新記事

香港

香港よ、変わり果てたあなたを憂いて

A BESMIRCHED ORIENTAL PEARL

2021年7月21日(水)18時47分
阿古智子(東京大学大学院教授)

210713P24_AKO_03.jpg

デモ隊の「落書き」が唐突に隠される Chan Long Hei for Newsweek Japan

教育の現場も大きく変わっている。香港の「通識教育」(リベラルスタディーズ)は、生徒の独立した批判的思考を養う上で先進的な試みだとして、世界的にも注目されていた。しかし、国安法を受けた改革で新たに導入されるのは、国家分裂や政権転覆など4つの犯罪類型を学ぶカリキュラムだ。「通識教育」は「公民と社会発展」という科目に抜本的に改められ、順法意識や愛国心がその重要な要素となる。

「永久に香港を去る」人々

こんなところで子育てはできないと、海外への移住者が急増している。昨年1~3月、「永久に香港を去る」ことを理由に解約された年金額は19億香港ドル(約270億円)と前年同期の1.5倍に、ビザ取得に必要な無犯罪証明書の申請件数は直近1年で3万4000件に達した。この1年で2万人近くの生徒が小・中・高校を退学している。

6月17日、香港最後の民主派の新聞といわれる「蘋果日報(アップル・デイリー、リンゴ日報)」の編集長、CEO(最高経営責任者)ら5人が逮捕され、同社の資産も凍結された。昨年6月末の国安法施行以前の「外国勢力を駆り立て、香港や中国政府の制裁発動を求めた十数本の記事」などが同法に抵触する疑いがあるという。国安法は過去に遡及して適用しないと説明しているにもかかわらず、過去の記事にまでさかのぼって取り締まりを行おうとしている可能性がある。6月23日、蘋果日報は停刊を正式に表明した。

210713P24_AKO_02B.jpg

蘋果日報本社前で最終号を持つ市民 Chan Long Hei for Newsweek Japan

昨年8月10日、国安法違反の容疑で10人のメディア人や活動家と共に逮捕された蘋果日報創業者の黎智英(ジミー・ライ)は、裸一貫から大メディアのトップにまで上り詰めた。広東省広州市に住んでいた幼少時、父は香港におり、母は大陸の労働改造施設へ送られていた。2人の姉と兄は高校、大学進学のため実家を離れており、家に残されていたのは双子の妹と軽微な知的障害のある姉だけだった。黎は鉄くずを売り、駅で荷物運びを手伝って金を稼ぎ、家族を支えていたという。

1960年、12歳の黎は1香港ドルを持って、マカオから香港へ密入境した。香港に行こうと考えたのは、香港の旅客の荷物運びを手伝った時に、お金の代わりにチョコレートをもらい、そのあまりのおいしさに、「香港は天国のようなところに違いない。自分は香港人になるんだ」と考えたからだという。香港の工場で働き、経理を学び、小学校しか出ていなかった黎は、いつしか英語が流暢に話せるようになっていた。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

英仏・ウクライナの軍トップ、数日内に会合へ=英報道

ビジネス

米国株式市場=S&P500・ダウ反発、大幅安から切

ビジネス

米利下げ時期「物価動向次第」、関税の影響懸念=リッ

ワールド

再送-日鉄副会長、4月1日に米商務長官と面会=報道
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 2
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者が警鐘【最新研究】
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 5
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 6
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 7
    3500年前の粘土板の「くさび形文字」を解読...「意外…
  • 8
    メーガン妃のパスタ料理が賛否両論...「イタリアのお…
  • 9
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2…
  • 10
    なぜ「猛毒の魚」を大量に...アメリカ先住民がトゲの…
  • 1
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き詰った「時代遅れ企業」の行く末は?【アニメで解説】
  • 2
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 3
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山ダムから有毒の水が流出...惨状伝える映像
  • 4
    【独占】テスラ株急落で大口投資家が本誌に激白「取…
  • 5
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥ…
  • 6
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 7
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 8
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 9
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 10
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジ…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【クイズ】アメリカを貿易赤字にしている国...1位は…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中