最新記事

日本人が知らない ワクチン戦争

日本人が知らない新型コロナワクチン争奪戦──ゼロから分かるその種類、メカニズム、研究開発最前線

AN UNPRECEDENTED VACCINE RACE

2020年10月20日(火)17時00分
國井 修(グローバルファンド〔世界エイズ・結核・マラリア対策基金〕戦略投資効果局長)

このような治験完了前の緊急使用は、偽薬を使ったグループと比較した信頼性のあるデータが不足し、有効性と安全性の判断が困難であるため、懸念を示す専門家は多い。

富裕国の買い占めを防ぐには

そんな状況下、世界では既にワクチンの獲得競争が始まっている。

原稿執筆時点でアメリカは6種類のワクチン候補の製薬企業と交渉して8億回分、イギリスは3億8000万回分、日本は2億8000万回分のワクチンを確保し、EU、オーストラリア、セルビア、スイスなども合意に至っている。交渉中も含めるとこれまでに直接交渉で確保されたワクチンは69億回分超と言われる。

これには批判も多い。2021年末までに世界中で生産できるワクチンの量は20億~40億回分が限界で、また世界で最も進んでいる5つのワクチン候補の開発に成功しても、少なくとも2022年までは世界人口の3分の2はカバーできないとの指摘がある。その限られたワクチンの多くを、世界人口の13%しかない高所得国が買い占めようとしているからである。

さらに懸念されているのが値段だ。有効なワクチンが開発されても、開発した企業が高額特許料を取り、開発途上国に行き渡りにくいワクチン価格に設定される可能性もある。

magSR201020_chart3.jpg

主要メーカーからのワクチン争奪戦 本誌2020年10月27日号23ページより


これに対し、新型コロナとの闘いで決め手となるツールである検査、治療、ワクチンの研究開発を促進し、特に低中所得国で必要とする人々に届けようとの国際協力・連携が進んでいる。「ACTアクセラレーター」と呼ばれるパートナーシップである。

私が勤務するグローバルファンド、WHO、ビル・アンド・メリンダ・ゲイツ財団など9つの国際機関・財団などが中心となり、他の国際機関、大学・研究機関、民間企業なども参加・協力している。過去にも感染症対策で国際協力が行われたが、今回は前例のない規模と広がりを持つ、画期的な協力体制だといわれる。

ACTアクセラレーターは、「2021年中旬までに低中所得国の5億人に新型コロナの検査と2億4500万人への治療、2021年末までに低中所得国の10億人を含む世界の20億人にワクチンを提供する」という目標を設定した。私が統括する局の専門家、WHOや英インペリアル・カレッジ・ロンドンなどの専門家などが投資計画を策定し、これらの目標達成のため380億ドルの資金調達を進めている。しかし、執筆時点で世界から調達できた額はわずかに30億ドル。必要額の10分の1にも満たない。

ACTアクセラレーターは、先進国政府によるワクチン買い占めを防ぎ、開発途上国の人々にも公平にワクチンが行き渡るような仕組み、ワクチン共同購入ともいえる「COVAX」を構築した。これにはワクチン事前買取制度(AMC)と呼ばれる制度が導入されている。経済力のある国がある一定の金額(人口の20%分のワクチン費用の15%)を前払いしてワクチンを購入する権利を得る一方で、その資金を研究開発の加速化と開発途上国へのワクチン供与に充てる。

ワクチン接種の優先順位は

COVAXの魅力としてリスク低減がある。製薬企業との直接交渉では、その企業のワクチン開発が失敗した場合、資金は基本的に返金されないが、COVAXではアストラゼネカ、モデルナなどが作る9種類のワクチンを対象としており、加えてさらに9つのワクチン候補を専門委員会が審査し、参加を検討している。いくつかのワクチン候補が失敗してもほかで成功する可能性があるのだ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ゼレンスキー氏、英仏と部隊派遣協議 「1カ月以内に

ワールド

トランプ氏の相互関税、一部発動 全輸入品に一律10

ワールド

米石油・ガス掘削リグ稼働数、2週連続減少=ベーカー

ワールド

台湾の安全保障トップが訪米、トランプ政権と会談のた
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
メールアドレス

ご登録は会員規約に同意するものと見なします。

人気ランキング
  • 1
    ひとりで海にいた犬...首輪に書かれた「ひと言」に世界が感動
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 4
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 5
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 6
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 7
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2…
  • 8
    5万年以上も前の人類最古の「物語の絵」...何が描か…
  • 9
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 10
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中