最新記事

メディア

一〇〇年後に記された「長い二一世紀」の歴史

2020年1月22日(水)19時15分
池内 恵(東京大学先端科学技術研究センター教授)※アステイオン91より転載

これはあらゆる権威を崩壊させた。大辞典・全集といった、有限なまとまりのある、かつ膨大な知の体系というものが、権威として参照されるものではなくなった。それらの何らかの巨大な体系を体得したことによって仰ぎ見られ、参照される権威者も存在し得なくなった。情報はすべてデジタルデータとして、そこここに散らばり浮遊している。初学者でも、そして学ぶ意思の全くない者ですら、この情報の無限の海から、人工知能の力により随意に情報を引き出し、選ぶことができる。知識の体系というものが曖昧になるだけでなく、それまで重視されていた一冊一冊の本という単位の概念が徐々に消失し、情報を商業的に流通させる際の情報のまとまりを表す単位として、形式的に残るのみとなった。

「言語の壁」はなくなる

デジタルデータを流通・処理する速度の増大により、文字情報と音声や映像情報の区別が取り払われた。文字と、音声や映像が別個のものとして扱われ、文学が音楽や映像と別のものとされていた二〇世紀は過渡的な時代だった。二一世紀初頭にデジタルデータの大量・短期の処理が可能になってからは、文字情報と音声・映像の違いは相対的な量の違いだけである。文字情報は、個人や組織の間で直接やりとりされる映像に付随する、情報量を落とした簡易な伝達手段として扱われる場面が増えるようになった。

言語の壁も、二一世紀に取り払われたものの一つであった。人工知能による学習が進み、多くの諸言語の相互の対応関係が隅々まで理解され、何語で記され、発話されたものでも別の言語空間に移し替えられることが容易となり、やがて何語で発信するかは重要ではなくなった。同一言語でのやり取りは、家族など親密な空間に限られ、公的な場での発言や発信の大部分は、音声認識によって聞き取られ、自動翻訳によって媒介されるため、言語の別は問われなくなった。これは世界の人口移動を加速し、観光と長期滞在と移民の区別は、厳密に法的な場面を除いて、意味を失った。

さらに曖昧になったのは、時間の感覚であり、世代の感覚であり、それによって規定されていた個人のアイデンティティである。デジタルデータによって保存される情報は劣化せず、時代と世代を超えて繰り返し再利用されていく。そこに明確な発展の方向性は見えなくなり、情報を巧みに撹拌し、巧みにつなぎ合わせる手法が様々に開発された。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

2月完全失業率は2.4%に改善、有効求人倍率1.2

ワールド

豪3月住宅価格は過去最高、4年ぶり利下げ受け=コア

ビジネス

アーム設計のデータセンター用CPU、年末にシェア5

ビジネス

米ブラックロックCEO、保護主義台頭に警鐘 「二極
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 2
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者が警鐘【最新研究】
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 5
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 6
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 7
    3500年前の粘土板の「くさび形文字」を解読...「意外…
  • 8
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2…
  • 9
    メーガン妃のパスタ料理が賛否両論...「イタリアのお…
  • 10
    なぜ「猛毒の魚」を大量に...アメリカ先住民がトゲの…
  • 1
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き詰った「時代遅れ企業」の行く末は?【アニメで解説】
  • 2
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 3
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山ダムから有毒の水が流出...惨状伝える映像
  • 4
    【独占】テスラ株急落で大口投資家が本誌に激白「取…
  • 5
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥ…
  • 6
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 7
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 8
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 9
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 10
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジ…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【クイズ】アメリカを貿易赤字にしている国...1位は…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中