最新記事

国際関係論

レイモン・アロン、フランス国際関係論の源流

2019年10月23日(水)11時35分
宮下雄一郎(法政大学法学部国際政治学科教授)※アステイオン90より転載

マリスはフランスを取り巻く「出来事」に対するアロンの反応を逐一分析しているが、アロンの主張をあえてまとめるとすれば、それは戦略的柔軟性といえるものだ。終戦直後、あらゆる分野で復興が必要となった際、ド・ゴールが経済のみならず軍備強化も主張したのに対し、アロンは経済最優先を唱えた。

しかし、朝鮮戦争が勃発すると、アロンは軍備強化論へと舵を切ったのである。それはアメリカがアジアに政治的エネルギーを傾注するあまり、ヨーロッパが手薄になることを恐れたからである。むろんド・ゴールも頑迷固陋な思考の持ち主であったわけではなく、この時のアロンのアメリカをめぐる視点を共有していた。

とはいえ、アロンのプラグマティズムは際立っている。フランスが先行き不透明なインドシナ戦争の戦費を賄うため、莫大な予算を投じ続けたのに対し、アロンはインドシナ放棄論を主張するようになった。

この時のアロンの狙いは、遠いアジアを放棄したうえで、よりフランスの国益と直結した北アフリカに資源と力を集中することであった。つまり、植民地帝国そのものの放棄を論じたわけではない。ところがアルジェリア戦争に際して、明らかに同地をフランスにとどめることが難しいと判断すると、あっさりとアルジェリアへの独立付与を主張するようになった。

このようにアロンは、フランスの長期的な国益を踏まえた戦略論を展開したのだが、その世界観は米ソ二極構造を前提としたものであり、ソ連の軍事力だけではなく、その共産主義イデオロギーを何よりの脅威とみなしていた。この点は、伝統的な勢力均衡の発想から、一九一七年の革命以前の国際情勢を念頭に置き、ソ連を「ロシア」と形容することの多かったド・ゴールと異なっていた。ようするに、アロンは難なく「冷戦の論理」を受け入れていたわけだが、それだけに、同盟国に「裏切られた」際の衝撃は大きかった。

その衝撃が一九五六年のスエズ危機である。アメリカがフランスとイギリスを見放したかたちになったのだが、アロンは「米ソ反戦同盟」が「反ソ米欧同盟」に打ち勝ったと失望感を露わにしたのである。

このスエズ危機を受けてフランスで盛り上がったのが核兵器をめぐる議論である。フランスの核武装はすでに既定路線であったものの、その核兵器をフランスがどう運用するのかという点についてコンセンサスがあったわけではない。この問題にアロンは知的エネルギーを注ぎ、マリスもまた多くの紙幅をこの論争に割いた。

アロンは一貫してフランスの核武装を推奨した。その核戦略の特徴はフランスの核兵器を大西洋関係と共存させることであった。この点についてド・ゴールとかなりの温度差があった。核兵器によって共産主義陣営との戦争を抑止する効果を狙うという点では、アロンとド・ゴールの考えは一致していた。

だが、ド・ゴールの念頭にあったのは核兵器による外交的自立の促進であった。つまり、フランスの「偉大さ」や「栄光」という言辞を多用したように、核兵器によって大国としての地位を補強するという外交的な思惑が色濃かったのである。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

エアバス、A220型機生産の一部を遅延 26年目標

ワールド

高市首相、トランプ氏をノーベル平和賞に推薦へ=ホワ

ビジネス

午前の日経平均は小反落、利益確定売り ニデックがス

ビジネス

金価格が4000ドル台回復、ドル安や米利下げ観測が
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 2
    庭掃除の直後の「信じられない光景」に、家主は大ショック...ネットでは「ラッキーでは?」の声
  • 3
    「平均47秒」ヒトの集中力は過去20年で半減以下になっていた...「脳が壊れた」説に専門家の見解は?
  • 4
    熊本、東京、千葉...で相次ぐ懸念 「土地の買収=水…
  • 5
    「信じられない...」レストランで泣いている女性の元…
  • 6
    楽器演奏が「脳の健康」を保つ...高齢期の記憶力維持…
  • 7
    中国のレアアース輸出規制の発動控え、大慌てになっ…
  • 8
    「宇宙人の乗り物」が太陽系内に...? Xデーは10月2…
  • 9
    「死んだゴキブリの上に...」新居に引っ越してきた住…
  • 10
    シンガポール、南シナ海の防衛強化へ自国建造の多任…
  • 1
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 2
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 3
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
  • 4
    中国レアアース輸出規制強化...代替調達先に浮上した…
  • 5
    超大物俳優、地下鉄移動も「完璧な溶け込み具合」...…
  • 6
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 7
    熊本、東京、千葉...で相次ぐ懸念 「土地の買収=水…
  • 8
    報じられなかった中国人の「美談」
  • 9
    【2025年最新版】世界航空戦力TOP3...アメリカ・ロシ…
  • 10
    シンガポール、南シナ海の防衛強化へ自国建造の多任…
  • 1
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 2
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ…
  • 5
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 6
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 7
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 8
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 9
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
  • 10
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中