最新記事

国際関係論

レイモン・アロン、フランス国際関係論の源流

2019年10月23日(水)11時35分
宮下雄一郎(法政大学法学部国際政治学科教授)※アステイオン90より転載

アロンからしてみれば、そもそもフランス単独で「偉大さ」を追求できるような状況にはなく、ド・ゴールの言説は甚だしく時代遅れのものであった。地に足の着いた核戦略の必要性を訴え、通常戦力の存在も念頭に置くべきとの考えであった。ソ連とフランスでは国土の大きさが違い、そこに抑止に基づく関係を構築させるのは至難であるとの意見であった。そうした脆弱性を補うために、アロンは「核兵器のヨーロッパ化」ということも唱えた。この点については、フランスにおける核戦略論で際立った活躍を見せたピエール・マリ・ガロアという軍人と考えを共有していた。とはいえ、アロンとガロアはむしろその核戦略をめぐる考えの違いで目立った。

ガロアが、フランスに対するあらゆる攻撃に核戦力で応じた方が、抑止効果を高めることができると考えたのに対し、アロンは核戦力と通常戦力をバランスよく用いることに重点を置く立場から、フランスが受けた攻撃のレベルに則して対応した方が、抑止効果は高まるとの考えであった。論争は徐々に終息に向かい、結局フランスの核戦略は、強硬派の論理に立脚したものになり、アロンの望んだ方向にはいかなかった。

アロンは核戦略をめぐる論争に加わることで、現実政治に影響を及ぼそうとしていた。国際関係論の研究者は、「学究の徒」として生きる傍ら、場合によっては政策の立案と決定に携わる政治エリート集団への助言や提案を求められ、自らもその集団に加わる。「マルチ知識人」アロンもそうした一人であり、第二次世界大戦終焉後の一時期、ド・ゴールを軸に結党されたフランス人民連合に加わったのがその一例である。

だが、現実政治への関与に関して、アロンが特筆に値する足跡を残したとはいえない。国防省に近い、安全保障を研究するためのシンクタンクを創設する際には、実質的な責任者の座をライバルであったアンドレ・ボーフル将軍が射止め、アロンは名誉職に追いやられた。アロンは、ヘンリー・キッシンジャーとも親しく、ジョン・F・ケネディ大統領の周辺に集った知識人とも深い交流があったことから、アメリカにおける政治家と知識人との関係を理想にしていたのであろう。

国際関係論の世界で、アロンは『諸国間の平和と戦争』の著者として、あるいはクラウゼヴィッツに関する研究を残した研究者として歴史にその名を刻印した。核兵器に関する戦略論争に飛び込み、現実政治に反映させることができなかったアロンも、『諸国間の平和と戦争』というフランス国際関係論の金字塔を打ち立てたアロンも、同じアロンである。

マリスが読者に向けて描いたのは、こうした等身大のアロンであり、「マルチ知識人」としての業績と限界を明らかにした点で貴重な研究である。そのマリスも、歴史家でありながら積極的に安全保障の研究に取り組み、「マルチ知識人」の片鱗を見せていた。マリスが冷徹にアロンを分析しながらも、アロンに憧れ、自らの生き様を重ねていたという評価にも頷ける。

だが、そうした「第二のアロン」への道をもはや見ることはできない。というのも、残念ながら二〇一七年、マリスは五〇歳の若さでこの世を去ってしまったからだ。

宮下雄一郎(Yuichiro Miyashita)
1977年生まれ。慶應義塾大学大学院法学研究科政治学専攻後期博士課程単位取得退学、博士(法学)。パリ政治学院大学院歴史学研究所修了、博士(史学)。松山大学法学部准教授などを経て、現職。専門は、国際関係史、フランス外交史。主な著書に、『フランス再興と国際秩序の構想――第二次世界大戦期の政治と外交』(勁草書房、サントリー学芸賞、渋沢・クローデル賞奨励賞、猪木正道賞奨励賞)、"Jean Monnet et les conflits sino-japonais des années 1930," in Gérard Bossuat (sous la di rect ion de) , Jean Monnet et l'économie( Peter Lang, 2018)など。

当記事は「アステイオン90」からの転載記事です。
asteionlogo200.jpg



アステイオン90
 特集「国家の再定義――立憲制130年」
 公益財団法人サントリー文化財団
 アステイオン編集委員会 編
 CCCメディアハウス

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

日中双方と協力可能、バランス取る必要=米国務長官

ビジネス

マスク氏のテスラ巨額報酬復活、デラウェア州最高裁が

ワールド

米、シリアでIS拠点に大規模空爆 米兵士殺害に報復

ワールド

エプスタイン文書公開、クリントン元大統領の写真など
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    懲役10年も覚悟?「中国BL」の裏にある「検閲との戦い」...ドラマ化に漕ぎ着けるための「2つの秘策」とは?
  • 2
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリーズが直面した「思いがけない批判」とは?
  • 3
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 4
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦…
  • 5
    「何度でも見ちゃう...」ビリー・アイリッシュ、自身…
  • 6
    70%の大学生が「孤独」、問題は高齢者より深刻...物…
  • 7
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 8
    中国最強空母「福建」の台湾海峡通過は、第一列島線…
  • 9
    ロシア、北朝鮮兵への報酬「不払い」疑惑...金正恩が…
  • 10
    ウクライナ軍ドローン、クリミアのロシア空軍基地に…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 4
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 5
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 6
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 7
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 8
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 9
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 10
    身に覚えのない妊娠? 10代の少女、みるみる膨らむお…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 7
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 8
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 9
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 10
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中