最新記事

コロンビア大学特別講義

韓国と日本で「慰安婦問題」への政府の対応が変化していった理由

2019年8月8日(木)16時15分
キャロル・グラック(米コロンビア大学教授)

第3回の講義を終えて

3回目の講義を終えたグラック教授に、この特別講義を提案し、実施したニューズウィーク日本版の小暮聡子記者が聞いた。

――慰安婦の回を終えて、参加した学生たちの反応をどう振り返りますか。「記憶の作用」というグラック説に基づいて考えたとき、学生たちの答えは想定の範囲内でしたか。

グラック教授 まず、学生たちが慰安婦についてこれほど多くを知っているということに驚いた。大学の東アジア史の授業で習ったという人が何人もいたが、20年前ではおそらくあり得なかっただろう。新聞や雑誌を通じて慰安婦の話に触れたという人たちもいて、共通の記憶を形成する上でメディアが重要な役割を果たしている点も明確になった。

もちろん、この講義に参加している学生たちは一般的なアメリカ人に比べて日本や東アジアの歴史についてより多くのことを知っている。アメリカでは、慰安婦は1990年代にアジア系アメリカ人やフェミニスト、人権活動家たちの間で知られるようになったが、それよりもっと幅広く一般的に広がったのはここ数年のことだろう。特に、サンフランシスコやアトランタ郊外などに慰安婦像が建ち、それをめぐる論争を通じて知られていった、とも言えるだろう。

――慰安婦についての見方はもちろん国籍によらず一人一人違うでしょうが、あえて国ごとに考えたとき、韓国人と日本人とアメリカ人の学生たちにそれぞれ特徴的な態度は見られたのでしょうか。

グラック教授 戦争の記憶はどれも「国民的な」ものであり、自国の経験に特化して語られるものだ。時間が経つなかでは、戦時中の敵国や同盟国など他国の見方を内包していくというように変化することもあり得る。しかしそのようなときでさえ、戦争と国家のアイデンティティーは切り離せるものではなくむしろ物語の中心に据えられる傾向にあり、その物語は戦争体験者だけでなく戦後世代にも引き継がれていく。

講義に参加した中国人、韓国人、日本人、韓国系アメリカ人、アメリカ人の学生はそれぞれの出自に結び付いた見方を語っていた。それは、彼らがその見方を中国、韓国、日本、もしくはアメリカで習ったからかもしれないし、自分たちの親から受け継いだものかもしれない。

韓国系アメリカ人の学生は慰安婦の記憶を日本の植民地時代と結び付けて語っていたが、アメリカで育ちながらも韓国の国民の記憶をなぞっていたと言えるだろう。 東アジアの諸国で和解を目指そうという場合には、国民の記憶というのは後の世代にまで受け継がれていく力があるという事実を考慮に入れる必要がある。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

アングル:トランプ政権による貿易戦争、関係業界の打

ビジネス

中国の銀行が消費者融資金利引き上げ、不良債権増加懸

ビジネス

ユーロ圏インフレ率、3月速報2.2%に低下 サービ

ビジネス

英製造業PMI、3月は23年10月以来の低水準 新
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
メールアドレス

ご登録は会員規約に同意するものと見なします。

人気ランキング
  • 1
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き詰った「時代遅れ企業」の行く末は?【アニメで解説】
  • 2
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 3
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山ダムから有毒の水が流出...惨状伝える映像
  • 4
    【独占】テスラ株急落で大口投資家が本誌に激白「取…
  • 5
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 6
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥ…
  • 7
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 8
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 9
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 10
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中