最新記事

コロンビア大学特別講義

韓国と日本で「慰安婦問題」への政府の対応が変化していった理由

2019年8月8日(木)16時15分
キャロル・グラック(米コロンビア大学教授)

ヒロミ アメリカなどの諸国が共同するよう働き掛けました。

グラック教授 そうです、アメリカは特に日本と韓国という二つの同盟国が争うよりも協力したほうがいいと考えていました。そのため、オバマ大統領(当時)は前年の2014年に韓国ソウルを訪れ、慰安婦について話したのです。ドイツのメルケル首相も2015年に発言しました。

クリス (小声で)ワーオ......。

グラック教授 こうした国際政治上の外国政府による圧力に加えて、外からはグローバル市民社会による圧力もありました。一方で、下からの変化は日本国内の民間団体などから起きました。この結果、日本にどのような変化が起きたのかというと、それまで慰安婦について知らなかった人々がこの問題について知り、慰安婦が日本の共通の記憶に取り込まれていくことになったのです。そして世界の記憶にも広がっていきました。 さて、最後は政治の話です。記憶の変化が起きたのは、なぜ1990年代だったのでしょうか。

ニック 冷戦が終わったからですか。

グラック教授 冷戦の終わりは、東アジアにとって何を意味しましたか。

マオ ソ連という共通の敵がいなくなりました。

グラック教授 冷戦が終わって、米ソという国際政治の二極化が終焉すると、東アジアに何が起きましたか。

数人 中国が台頭し始めました。

グラック教授 そのとおりです。冷戦というのは東ヨーロッパでも大きな意味を持っていて、冷戦が終わってソ連時代の戦争の物語が崩れ、東ヨーロッパで第二次大戦の記憶について政治論争が噴き出しました。それと似たように、東アジアでも冷戦の終焉とともにアジアの記憶に火が付き、それまでの日米の「太平洋戦争」の物語が「アジア太平洋戦争」に変わり始めました。アジアの戦争が問題化されると、慰安婦問題も取り上げられることになったのです。

国際政治の変化だけでなく、国内政治の変化も慰安婦問題に影響を与えました。例えば、慰安婦の支援者たちがこの問題を公に取り扱うようになった背景には、1980年代の韓国の民主化がありました。つまり、記憶が変わった要因には、国内政治と国際政治の両方の側面があったのです。

また、慰安婦の記憶に影響を与えた国際的な要因として、1990年代にユーゴスラビア紛争があり、ボスニアでの組織的な「レイプキャンプ」が世界的な問題になったことがあります。当時は国連で女性の権利や人権が大きなテーマとなっていて、1998年に国際刑事裁判所(ICC)のローマ規程が戦時中の強姦を「人道に対する罪」と規定しました。強姦というのは歴史上、どの戦争にも付き物でしたが、それが初めて現代の国際法上で「犯罪」として認定されたのです。

ここに至るまでの法的議論を見ていくと、慰安婦の話が必ず出てきます。年を取っていて多くは貧しくて無力でお互いのことを知らないアジア諸国に散らばった元慰安婦たちが、自分たちの物語を通して、性的暴力が国際法上の犯罪になるということに、このように貢献したとも言えるわけです。

とはいえ、慰安婦についての議論というのは「当時、それをすべきではなかった」という過去のことでもあり、「将来においてそれをしない」という未来に向けた話でもあります。 では現在、日本政府も韓国政府も慰安婦を政治問題として扱っているなか、こうした「記憶の政治」についての解決策はあるのでしょうか。あるとすればどんな方法でしょうか。現在の東アジアでは、さまざまな国が戦争について「共通の記憶」を有していませんが、それでもできる限りの共有を目指す――つまり相互理解のためには、どうすればいいのか。次回、これについて一緒に考えていきましょう。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ政権、大学への「悪意ある外国の影響力」監視

ワールド

パナマ、香港企業の港湾契約を正式に無効化 マークス

ワールド

韓国とブラジルの大統領が首脳会談、貿易拡大などで合

ワールド

メリーランド州、ICE施設建設阻止へトランプ政権を
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ウクライナ戦争4年 苦境のロシア
特集:ウクライナ戦争4年 苦境のロシア
2026年2月24日号(2/17発売)

帰還兵の暴力、ドローンの攻撃、止まらないインフレ。国民は疲弊しプーチンの足元も揺らぐ

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    アルコールは血糖値を下げる...「脳と血管を守る」医師がすすめる意外な健康習慣
  • 2
    「水道水」が筋トレの成果を左右する...私たちの体には濾過・吸収する力が備わっている
  • 3
    カビが植物に感染するメカニズムに新発見、硬い表面を突き破って侵入する力の正体が明らかに
  • 4
    米国の中国依存が低下、台湾からの輸入が上回る
  • 5
    ペットとの「別れの時」をどう見極めるべきか...獣医…
  • 6
    揺れるシベリア...戦費の穴埋めは国民に? ロシア中…
  • 7
    少女買春に加え、国家機密の横流しまで...アンドルー…
  • 8
    命は長し、働け女たち――88歳「働くばあさん」が説く…
  • 9
    100万人が死傷、街には戦場帰りの元囚人兵...出口な…
  • 10
    IMF、日本政府に消費減税を避けるよう要請...「財政…
  • 1
    「ヘル・コリア」から日本へ7万人 ── 大企業の高給より日本の「100%就職率」を選ぶ若者たち
  • 2
    命は長し、働け女たち――88歳「働くばあさん」が説く高齢期の「4つの覚悟」
  • 3
    「水道水」が筋トレの成果を左右する...私たちの体には濾過・吸収する力が備わっている
  • 4
    アルコールは血糖値を下げる...「脳と血管を守る」医…
  • 5
    「#ジェームズ・ボンドを忘れろ」――MI6初の女性長官…
  • 6
    海外(特に日本)移住したい中国人が増えている理由.…
  • 7
    カビが植物に感染するメカニズムに新発見、硬い表面…
  • 8
    100万人が死傷、街には戦場帰りの元囚人兵...出口な…
  • 9
    ロシアに蔓延する「戦争疲れ」がプーチンの立場を揺…
  • 10
    オートミール中心の食事がメタボ解消の特効薬に
  • 1
    【クイズ】致死率50~75%...インドで感染拡大「ニパウイルス」の感染源となる動物は?
  • 2
    ウクライナ戦闘機「F-16」がロシア軍「シャヘド」を空中爆破...地上から撮影の「レア映像」を公開
  • 3
    高市積極財政にアメリカが慌てる理由
  • 4
    セーターが消えた冬 ── 暖かさの主戦場が「インナー」…
  • 5
    台湾侵攻「失敗」の大きすぎる代償
  • 6
    「最恐」恐竜T・レックスの定説を覆す新研究が
  • 7
    イースター島の先住民から資源を略奪、島を「生きた…
  • 8
    「ヘル・コリア」から日本へ7万人 ── 大企業の高給より…
  • 9
    中国、パナマ運河の港湾喪失でパナマに報復──トラン…
  • 10
    「罠に嵌められた」と主張するが...欧州で次々と摘発…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中