最新記事

コロンビア大学特別講義

韓国と日本で「慰安婦問題」への政府の対応が変化していった理由

2019年8月8日(木)16時15分
キャロル・グラック(米コロンビア大学教授)

クリス 植民地化の記憶と結び付けて考えられると思います。強制性の否定と植民地化の否定......この二つは深いところで結び付いていて、慰安婦問題は単にジェンダーや国際政治の問題ではなくなっているのだと思います。それくらい、日本による植民地化は韓国政府と韓国のアイデンティティー、また韓国の歴史に大きな影響を与えたのだと......。

グラック教授 それは、韓国側の見方ですね。植民地化の文脈で考えるというのは、本当にそのとおりだと思います。では、日本側はどうでしょう。2015年12月に韓国と日本の外相同士が交わした慰安婦問題日韓合意は、「最終的で不可逆的」と言われていました。日本政府は補償などを約束しながら、韓国政府に何を期待していたか覚えている人はいますか。

ジヒョン 慰安婦像を撤去すること。

グラック教授 はい、韓国政府がソウルの日本大使館前にある慰安婦像の問題を「解決しようとすること」です。実際には、日韓間で慰安婦問題は今でも解決していないですね。日本大使館前での日本に対する抗議運動は1992年から毎週水曜日に行われ、2011年に1000回目を迎えたときに慰安婦像が建ちました。では、日本政府が慰安婦の強制性を否定したり、慰安婦像の撤去を求めると、何が起きると思いますか。

数人 もっと建てる!

グラック教授 ほかの場所に慰安婦像が建ちますね。日本政府が抗議するたびに、雨上がりのキノコのように世界のさまざまなところに慰安婦像が生えてくるようです。抗議すればするほど、相手方に燃料を与えることになるのです。ヨーロッパでのホロコーストの否定の場合でも同じようなことが起きました。ホロコーストを否定すればするほど、逆にそれは記憶に刻まれるのです。戦争の記憶というのはつくられ続けるので、政治的なプロセスの中でこのような相互作用が起きてしまいます。

記憶を動かす「政治的文脈」

グラック教授 では、今度は別の領域についての質問です。ほとんどの人々は、慰安婦についてどのようにして知ったと思いますか。

数人 メディアを通して。

グラック教授 はい、メディアを通して知るわけです。これが、私が「メタ・メモリー」と呼ぶ記憶の領域です。前回の講義でお話ししたように「公での論争を通じて知る記憶」のことです。大半の人々は慰安婦問題のような記憶についての議論を、メディアを通して知ります。河野談話や慰安婦像についての議論をメディアを通して学んでいるのです。
このメタ・メモリーという領域は、ある記憶を拡散させるのに大きな影響力を持っています。日本政府は過去に向き合わなければいけない、とする議会決議がアメリカ、オランダ、EU議会、イギリスなどで出ているのは、この記憶がこれほど広範囲に広がった証拠でしょう。慰安婦問題について、直接的には何の関係もない所にまで、広がっていくわけです。

今回の講義も終わりに近づいてきましたが、今度は記憶の変化がどこからやって来るのかを考えてみましょう。こちらも前回お話ししましたが、記憶の変化とは、「下から」と「外から」の、二つの方向からやって来るもので、慰安婦の場合、日本の記憶の変化は外から影響を受けました。戦後70周年を迎えた2015年、日本政府と韓国政府にどのような圧力がかかりましたか。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、情報漏洩巡り安保チーム擁護 補佐官「私

ワールド

欧州市民のEU支持が過去最高の74%、安全保障強化

ビジネス

経済・物価見通し実現していけば、引き続き金利引き上

ワールド

米上院商業委、周波数オークション巡る中国の影響調査
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:まだ世界が知らない 小さなSDGs
特集:まだ世界が知らない 小さなSDGs
2025年4月 1日号(3/25発売)

トランプの「逆風」をはね返す企業の努力が地球を救う

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き詰った「時代遅れ企業」の行く末は?【アニメで解説】
  • 2
    【独占】テスラ株急落で大口投資家が本誌に激白「取締役会はマスクCEOを辞めさせろ」
  • 3
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山ダムから有毒の水が流出...惨状伝える映像
  • 4
    「トランプが変えた世界」を30年前に描いていた...あ…
  • 5
    「テスラ離れ」止まらず...「放火」続発のなか、手放…
  • 6
    トランプ批判で入国拒否も?...米空港で広がる「スマ…
  • 7
    老化を遅らせる食事法...細胞を大掃除する「断続的フ…
  • 8
    「悪循環」中国の飲食店に大倒産時代が到来...デフレ…
  • 9
    【クイズ】アメリカで「ネズミが大量発生している」…
  • 10
    【クイズ】トランプ大統領の出身大学は?
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 3
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山ダムから有毒の水が流出...惨状伝える映像
  • 4
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 5
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 6
    「低炭水化物ダイエット」で豆類はNG...体重が増えな…
  • 7
    「テスラ離れ」止まらず...「放火」続発のなか、手放…
  • 8
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 9
    【クイズ】世界で2番目に「レアアース」の生産量が多…
  • 10
    古代ギリシャの沈没船から発見された世界最古の「コ…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 3
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 4
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 7
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 8
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 9
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 10
    【クイズ】アメリカを貿易赤字にしている国...1位は…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中