『天皇の憂鬱』が解き明かす、象徴天皇をかたちづくった「軽井沢」
天皇が皇后と初めて出会われた軽井沢会テニスコートのトーナメントにおいて、小泉信三(慶應義塾長)とともに見学していたのが田中。田中は小泉と親交が深く、軽井沢の万平ホテルでよく会っていたという。
田中は新渡戸の門下生ではないものの、人格的、思想的影響を受けていた。また田中と親しかった安倍も軽井沢に別荘があり、天皇を野上弥生子(小説家)の別荘に案内したりしている。
さまざまな人名が登場するが、こうして見てみると、戦後の皇室には新渡戸人脈とクエーカー人脈が深く張り巡らされ、軽井沢がひそかな舞台となっていたことが理解できる。新憲法下で象徴天皇制が決まると、彼らが旧体制の人脈を排除して新たな人脈を形成していったということだ。
平成二十五(二〇一三)年、皇后は七十九歳の誕生日に際して、日本における女性の人権の尊重を現憲法に反映させたベアテ・シロタ・ゴードンや「五日市憲法草案」にふれられた。
「五日市憲法草案」とは、明治憲法の公布(明治二十二年)に先立って、農民や市民が寄り合って書き上げた憲法草案で、現在の憲法に近いといわれる。改憲の空気が広がる中で、この憲法草案をあえて「世界でも珍しい文化遺産」と評価するところに、両陛下のリベラルな発想を感じる。それは、こうした人脈と無縁ではないだろう。(121ページより)
また、平成6(1994)年6月、ホワイトハウスで行われた歓迎式典で天皇が、19世紀の開国から、日米の戦争と戦後の歴史に触れつつ、「前世紀末、後に国際連盟の事務次長をつとめることとなった新渡戸稲造博士は、自分の若き日の夢を『太平洋の橋』になることとして海を渡り、貴国の地にまいりました」と、わざわざ個人名をあげて述べられた。このことからも、新渡戸の影響がうかがえると著者は指摘している。
確かにこれは、国民とともに平成を歩んできた天皇の原点として、非常に重要なトピックスだと言えるのではないだろうか。
いずれにしても、あと少しで平成が終わろうとしている今だからこそ、ぜひ読んでおきたいところだ。
『天皇の憂鬱』
奥野修司 著
新潮新書
[筆者]
印南敦史
1962年生まれ。東京都出身。作家、書評家。広告代理店勤務時代にライターとして活動開始。現在は他に「ライフハッカー[日本版]」「東洋経済オンライン」「WEBRONZA」「サライ.jp」「WANI BOOKOUT」などで連載を持つほか、「ダ・ヴィンチ」などにも寄稿。『読んでも読んでも忘れてしまう人のための読書術』(星海社新書)をはじめ、ベストセラーとなった『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』(ダイヤモンド社)、『世界一やさしい読書習慣定着メソッド』(大和書房)、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』(日本実業出版社)など著作多数。
2024年11月26日号(11月19日発売)は「超解説 トランプ2.0」特集。電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること。[PLUS]驚きの閣僚リスト/分野別米投資ガイド
※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら