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「心の専門家」に、ピエール瀧氏を「分析」させるメディアの罪

2019年4月19日(金)15時55分
荻上チキ(評論家)、高 史明(社会心理学者)

大統領の分析はそもそも裏付けに乏しい

マーティンジョイは、APAは会員である精神科医に「適切な権限を与えられた場で」「十分な情報にもとづいて行われ」「学術的なスタンダードを満たす限り」においては、直接の診察と本人の同意を経ない場合であっても、一定のコメントを許容していると見る。法医学者が法廷で行う証言、保険会社への情報提供、議会や情報機関での証言など、精神科医が倫理的に行いうる貢献は多岐に及ぶ。他方で、ことにメディアにおける精神科医のコメントは、これらの前提条件を満たさないため、精神医学と分析の対象への信頼を損なう非倫理的なものであるとしている、と考える。

どのような発言が、ゴールドウォーター・ルールによって禁止されるのか。その線引きは必ずしもクリアではない。だからこそゴールドウォーター・ルールは、報道する際の倫理を巡る議論の際にしばしば持ち出される。ジャーナリズムについて教えるメレディス・レヴィンは、今でもルールの機能を重視する一人である。

公衆を教育するのが精神科医の義務だとしても、マスメディアはそのために必要な丁寧な議論の場ではない。多くの報道は、厳しい締め切りなどにより、情報を十分に精査できない。そのため、不正確なパラフレーズや脱文脈化が頻繁化し、精神科医の啓蒙の努力は徒労に終わる。そもそも、限られた情報の中で行われる精神科医のコメントは、せいぜい「弱い仮説」に過ぎない。にもかかわらず、現在のメディア環境では、精神科医が付け加えた慎重な留保などはすっ飛ばし、確たる事実として伝えられてしまう。

テロや無差別銃撃事件のようなマス・バイオレンスの場合を考えてみよう。初期の、つまりは法廷での精査を経ない段階での情報は、いつも混乱している。その中で、記者が断片的な知識を提供した上で、精神科医に意見を求めたとしても、出されるコメントは当然不正確なものになる。

そもそもアメリカでは暴力犯罪のうち精神疾患の者によってなされるものは1割以下とされる。にもかかわらず、事件の衝撃に惑わされて,暴力犯罪と精神疾患に強い関連があるかのようにコメントをするのは問題がある。また、一つの事件の背景には、常に様々な要因がある。仮に実際、ある犯罪が精神疾患の当事者によってなされたとしても、それが「精神疾患が引き起こした犯罪」であるかは別だ。だが、専門家の「分析」は、こうしたバイアスを強化してしまう。

大統領の精神分析にも、問題が多い。そもそも分析対象となる大統領の発言とされるものが、裏付けに乏しいのだ。というのも、例えばトランプの支離滅裂な言動が、ゴーストライターが書いた文章なのか、秘書が公式アカウントから行ったツイートなのか、スピーチライターが書いた原稿なのか、事前に練られて演じられた役割であるのかといった、様々な可能性を排除できていないのである。そして暗に、または公然と、精神的に健康でなければ大統領に不適だというメッセージを伝えているのも問題であるとレヴィンは難じる。実際には、歴史上の卓越した政治家には精神的な問題を抱えていたと目される者も多いというのにもかかわらず、だ。

ゴールドウォーター・ルールをめぐる議論には、様々な立場がある。だが、多くの論客に一貫しているのは、専門家としての責務を果たせるのはいかなる仕方なのかを問うていることだ。また、「精神医学を装った攻撃」には、あくまで厳しい姿勢でいるという点も共通している。

改めて確認すると、ゴールドウォーター・ルールは絶対的な基準であるわけではない。また、APAに属さない人々の振る舞いを制約できるものでもない。しかし重要なのは、自らの専門知をいかに活用すべきか、専門家が信頼に足る存在であるにはどうすればよいのかを、専門家らが真正面から議論をしているという事実である。ルールをめぐる論争そのものが、専門家としての規律的振る舞いをアップデートしようとしているのだ。

そんなアメリカでも、メディア上には問題のあるコメントが溢れている。マスシューティング犯の「犯行動機」のプロファイリングなどの中に、「精神医学を装った攻撃」がしばしば見受けられてしまう。また冒頭で述べたように、トランプ大統領の精神状態の分析をめぐっては、今でも激しい論争が続いている。その論争の一端は、日本でも『ドナルド・トランプの危険な兆候――精神科医たちは敢えて告発する』(バンディー・リー著、村松太郎訳、岩波書店、2018)などの著作物で読むことができる。

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