最新記事

終戦秘話

終戦の歴史に埋もれた2通の降伏文書

Japan's Surrender Re-examined

2018年9月6日(木)17時00分
譚璐美(たん・ろみ、作家)

magh180906-docu03.jpg

ラール大佐のミズーリ号乗艦証 COURTESY OF ROMI TAN

1945年9月2日――。東京湾の横須賀沖に停泊したミズーリ号の甲板で「降伏文書」の調印式が挙行された。東京湾には連合国軍の船舶が無数に配備され、陸と海と空から厳重な警戒網が敷かれた。

「降伏文書」調印式の有名な写真がある(冒頭写真、本誌には連合国代表まで写った写真を掲載)。テーブルを挟んで、大日本帝国政府を代表する重光葵(まもる)外務大臣、大本営を代表する梅津美治郎陸軍参謀総長など、日本側代表11人が3列に並んでいる。テーブルの反対側にはマッカーサーが演説に立ち、その後ろに各国代表と米軍将校たちがずらりと整列している。

甲板には2枚の星条旗が掲げられ、1枚は真珠湾攻撃の際にホワイトハウスにあった48州の星が描かれた米国旗で、もう1枚は1853年の黒船来航の際、日本に開国を迫ったマシュー・ペリー提督が艦隊に掲げていた31州の星が描かれた米国旗だった。マッカーサーは暗に真珠湾攻撃への報復と「2度目の開国」を誇示していたのである。

ピーター・ラールの書斎で、調印式当日の古いアルバムを見せてもらった。ラール大佐のミズーリ号乗艦証があった。彼は当日の朝8時前に乗艦し、会場の設営に奔走したのだという。

「ほら、調印式で使った長テーブルの上にテーブルクロスが掛かっているだろう。実はこれ、父が用意したものだ」と、ピーターが笑って指さした。

話によれば、調印式直前に甲板に置かれた長テーブルは古くて汚れていた。厳粛な式典にふさわしくないと思ったラール大佐は急いで船室に下りると、乗組員たちがコーヒーを飲みながらポーカーをしているテーブルのテーブルクロスが目に留まった。「おい、ちょっとそれを貸してくれ」と、声を掛けざま勢いよく引っ張ると、コップに残ったコーヒーがこぼれてテーブルクロスに茶色い染みを作った。「父は調印式の間中、コーヒーの染みが気になったと言っていた」

ラール大佐にはもう1つ気掛かりなことがあった。日本の全権代表である重光外務大臣が上海在勤時代に爆弾で負傷して右足を失い、義足を着けていたことだ。不自由な体で舷梯をよじ登り、艦船に乗り込めるかどうか。安全策としては籠でつり上げる方法があるが、仮にも一国の代表であるから尊厳を重んじなければならない。過剰な対応をしては非礼になるが、放っておくわけにはいかない。思案した揚げ句、乗組員数人に命じてそれとなく身辺で見守りながら、必要に応じて十分に手を貸すよう指示を与えた。

署名を誤ったカナダ代表

図らずも、重光は手記(『重光葵手記』中央公論社、1986年)の中で、この日の午後、天皇に拝謁したときのことを、こう記している。

「陛下は記者(重光)に対して、軍艦の上り降りは困っただろうが、故障はなかったかと御尋ねになった。記者は先方も特に注意して助けて呉れて無事にすますことを得た旨御答へし、先方の態度は極めてビジネスライクで、特に友誼的にはあらざりしも又特に非友誼的にもあらず、適切に万事取り運ばれた旨の印象を申上げた」

この「極めてビジネスライク」であった印象の陰には、ラール大佐らアメリカ側の必要十分かつさりげなく対応しようという繊細な配慮があったのである。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ベセント米財務長官、インドに対する追加関税撤廃の可

ワールド

米、嵐で16万戸超が停電・数千便が欠航 異常な低温

ワールド

市場の投機的、異常な動きには打つべき手を打っていく

ワールド

米ミネアポリスで連邦捜査官が市民射殺 移民取り締ま
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:「外国人問題」徹底研究
特集:「外国人問題」徹底研究
2026年1月27日号(1/20発売)

日本の「外国人問題」は事実か錯誤か? 7つの争点を国際比較で大激論

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    海上自衛隊が水中無人機(UUV)を導入 中国の海軍拡張に新たな対抗手段
  • 2
    データが示す、中国の「絶望的な」人口動態...現実味を帯びる「超高齢化」による「中国社会崩壊」
  • 3
    麻薬中毒が「アメリカ文化」...グリーンランド人が投稿したアメリカを嘲笑する動画にネット爆笑
  • 4
    セーターが消えた冬 ── 暖かさの主戦場が「インナー」…
  • 5
    40代からは「積立の考え方」を変えるべき理由──資産…
  • 6
    【銘柄】「住友金属鉱山」の株価が急上昇...銅の高騰…
  • 7
    防衛省が「新SSM」の映像を公開、ノルウェー・コング…
  • 8
    ニュージーランドの深海に棲む、300年以上生きている…
  • 9
    サーモンとマグロは要注意...輸入魚に潜む「永遠の化…
  • 10
    「楽園のようだった」移住生活が一転...購入価格より…
  • 1
    海上自衛隊が水中無人機(UUV)を導入 中国の海軍拡張に新たな対抗手段
  • 2
    防衛省が「新SSM」の映像を公開、ノルウェー・コングスベルグ社のNSMにも似ているが...
  • 3
    データが示す、中国の「絶望的な」人口動態...現実味を帯びる「超高齢化」による「中国社会崩壊」
  • 4
    ラブロフ、グリーンランドは‌デンマーク​の「自然な…
  • 5
    【銘柄】「古河機械金属」の株価が上昇中...中国のレ…
  • 6
    ニュージーランドの深海に棲む、300年以上生きている…
  • 7
    完全に「ホクロ」かと...医師も見逃した「皮膚がん」…
  • 8
    ピラミッドよりも昔なのに...湖底で見つかった古代の…
  • 9
    韓国が「モンスター」ミサイルを実戦配備 北朝鮮の…
  • 10
    麻薬中毒が「アメリカ文化」...グリーンランド人が投…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?【2025年の話題クイズ5選】
  • 2
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 3
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 4
    中国製防空レーダーは米軍のベネズエラ攻撃に屈した─…
  • 5
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 6
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?【202…
  • 7
    「腸が弱ると全身が乱れる」...消化器専門医がすすめ…
  • 8
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 9
    前進するロシア、忍び寄る限界...勝者に見えるプーチ…
  • 10
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中