金正恩が目指す核なき世界:南北宣言の「完全なる非核化」が意味するもの
しかし、金委員長が韓国を通じてトランプ大統領に直接会談を提案した時、非核化の問題で対話がうまくいかないことは想定済みだったはずだ。それでも米朝会談を持ちかけたのは何か妙案があってのことに違いない。北朝鮮の動きを見る限り、金委員長は劇的に韓国との関係を改善し、宥和ムードを高める中で日米が主導してきた圧力を緩和し、朝鮮半島における平和体制を構築する中で在韓米軍や米韓合同軍事演習の縮小を実現しようとしていると考えられる。
うまくやった金正恩
では、金委員長は非核化についてどう考えているのだろうか。そのカギは、2016年に北京で開かれた国際会議での北朝鮮の外交官の発言にある。この外交官は北朝鮮が考える非核化について、すでに保有している核能力は放棄しない、今後持つ能力については取引可能、核兵器を放棄するのはグローバル・ゼロが達成される時という発言をした。つまり、北朝鮮は開発中のICBMを放棄することで核保有国としての立場を国際社会に認めさせる一方、自らの非核化を核なき世界の実現という文脈に位置づけようとしているのだ。実際、北朝鮮はこれまでも「責任ある核保有国」を自認し、核不拡散や核軍縮に取り組むと繰り返し発言している。南北首脳会談翌日の朝鮮中央通信も、核実験の停止や核実験場の閉鎖などの措置は、「核兵器のない世界建設に貢献するために積極的に努力することを宣言した」ものと説明している。
金委員長が定義する「完全なる非核化」とは、これまでのような在韓米軍の撤収や核の傘の除去ではなく、核なき世界の実現を意味していると考えるべきだ。トランプ政権はそのような非核化の定義を受け入れないだろうが、仮にトランプ大統領が米朝首脳会談の途中で席を立っても、世界中のメディアが伝えた宥和ムードの中で、北朝鮮の非核化を迫るために軍事的圧力を強めることはもはや困難だろう。経済制裁の強化も中露の反対で難しくなるだろう。むしろ、制裁緩和の動きも中露や韓国から出てくるはずだ。金委員長は、非核化よりも平和という雰囲気作りにすでに成功した。米朝首脳会談も、金委員長のペースで進むことになるだろう。
[執筆者]小谷哲男
日本国際問題研究所主任研究員を兼任。専門は日本の外交・安全保障政策、日米同盟、インド太平洋地域の国際関係と海洋安全保障。1973年生まれ。2008年、同志社大学大学院法学研究科博士課程単位取得退学。米ヴァンダービルト大学日米センター研究員、岡崎研究所研究員、日本国際問題研究所研究員等を経て2018年4月より現職。主な共著として、『アジアの安全保障(2017-2018)(朝雲新聞社、2017年)、『現代日本の地政学』(中公新書、2017年)、『国際関係・安全保障用語辞典第2版』(ミネルヴァ書房、2017年)。平成15年度防衛庁長官賞受賞。
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