最新記事

アメリカ

憤るアメリカ白人とその政治化

2017年9月11日(月)12時14分
マルガリータ・エステベス・アベ(シラキュース大学准教授)※アステイオン86より転載

 しかし、ホックシールドの分析の核心は、宗教ではなく、ルイジアナのティーパーティー支持者らに共通の「深層の物語」である。彼らは、自分たちを大企業とそれに買収された政治家の犠牲者とは認識せず、自分たちは、真面目に「きちんと列に並んで自分のアメリカン・ドリームの順番を待っている」のに、黒人や移民、そして女性たちがアファーマティブ・アクションにより、不当に「列に割り込んでいる」と憤慨している。しかも、リベラルな白人たちに対しては、「列に割り込む」マイノリティー、移民や女性らに同情するだけでなく、政府の規制を使って、特定のライフスタイルを押し付けてくる鼻持ちならない輩だと怒っている。健康的なものを食べよ、タバコを吸うな、電球はエコなLEDを使え、など全て大きなお世話だ、という怒りである。

 クレイマーとホックシールドを読む限りでは、ティーパーティー支持者らの反政府主義は、思想的な整合性のあるものではなく、自分の親と比べて自分の生活が良くなったと思えない人たちが、「自分のアメリカン・ドリーム」を盗んだ犯人探しをするなかで、社会進出に成功したマイノリティー、高学歴女性らや移民、そして雇用が安定している公務員などを槍玉にあげ、共犯としてのリベラル・エリートと政治に対しての憤怒を正当化するものであるように見える。トランプの選挙集会で、支持者らがヒラリー・クリントン候補を「Lock her up!(刑務所にぶち込め!)」と叫ぶとき、それは彼女個人に対する憎しみというより、「アメリカン・ドリームの盗人らをぶち込め!」という叫びだったに違いない。この憤怒には、人種的な偏見は勿論、男女平等などに対する違和感や敵対心も含まれる。アメリカにおける人種的な偏見はとても根が深い。クレイマーもホックシールドも言及していないが、そもそも米国人が福祉国家による再配分を嫌うのは、再配分すると得をするのは低所得層の働かないマイノリティーだと信じているからであるのは福祉政策の専門家には広く知られている。社会的医療保険のない米国では、勤労世帯対象の社会サービス・給付は一切存在しない。福祉といえば、厳しい所得制限付きの低所得救済政策のみである。中流階級も受給できる福祉制度は、高齢者向けの社会医療制度(メディケア)と社会保障年金だけである。反政府主義のティーパーティー支持者も、自分たちが受給できるメディケアと社会保障年金に関しては大賛成で、「反政府」ではないのである(1)。つまり、反政府というより、「自分のようではない人たち」への再配分が嫌なのである。低所得の白人層には怒りは向けられずに、怒りの対象になるのは「怠け者」のマイノリティーや「ずる賢い」移民だ。

 クレイマーはウィスコンシンでは人種差別発言は観察出来なかったというが、ティーパーティー運動の参加者には、表立って人種差別的な発言はしなくとも、人種的偏見の強い人が多いことは政治学者らの研究で明らかにされている(2)。ホックシールドは、親にお金がないのに、オバマ前大統領夫妻が授業料の高い名門校に行けたのは、自分たちの税金を使ったに違いない、「列に割り込んだ」と憤るティーパーティー支持者らを描写している。オバマ夫妻は優秀であったが為に、名門私立大学の奨学金を得られた訳であるが、能力による競争に自分が負けたということを認めるよりは、マイノリティー、移民と女性が「列に割り込んだ」というストーリーの方が心理的に受け入れ易いことは自明だ。クレイマーもホックシールドも、有権者らのリベラル・エリートに対しての嫌悪については上手く描写しているが、リベラル・エリートが如何にしてそこまでターゲットになるのかについては語らない。フランクの二〇〇四年のベストセラーを起因として始まった「経済的利益と規範的な争点のどちらが投票行動に重要か」という論争については先に触れたが、この論争との関連の中で行われた実証的な検証によれば、経済的な要因の意義がなくなったのではなく、特に大卒以上の白人有権者層にとっての価値的な争点の重要性が増したことが認められた(3)。つまり、女性の中絶権、環境政策、市民権の保護、男女平等、性的志向の自由などを巡る政党間の価値観の対立を激化させたのは大卒以上の人達だったということになる。フランクも言及しているが、米国社会には根強い反知性主義が存在し、保守政治家は、それを梃にリベラルな知識人に「反アメリカ」というレッテルを貼ることで、攻撃をしてきた。マッカーシーによる赤狩りはその一例である。ホフスタッターはこういった「パラノイア」による政治をアメリカ政治のスタイルの一つとして論じている(4)。こうしたアメリカ政治の土壌を前提とすると、高学歴のリベラル派が民主党の政策をコントロールすればする程、民主党は「反アメリカ」レッテルを貼られ易くなった可能性がある。これは裏返せば、保守系の政治的起業家にとっては、票の動員のチャンスでもある。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

韓国防空識別圏に中ロ軍機が一時侵入、戦闘機が緊急発

ワールド

中国首相「関税が世界の経済活動に深刻な影響」、保護

ビジネス

アングル:債券投資家が中期ゾーン主体にポジション修

ワールド

アングル:FRB次期議長、インフレと利下げ要求の板
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
2025年12月16日号(12/ 9発売)

45年前、「20世紀のアイコン」に銃弾を浴びせた男が日本人ジャーナリストに刑務所で語った動機とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 2
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 3
    キャサリン妃を睨む「嫉妬の目」の主はメーガン妃...かつて偶然、撮影されていた「緊張の瞬間」
  • 4
    ホテルの部屋に残っていた「嫌すぎる行為」の証拠...…
  • 5
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 6
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
  • 7
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 8
    中国の著名エコノミストが警告、過度の景気刺激が「…
  • 9
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 10
    「1匹いたら数千匹近くに...」飲もうとしたコップの…
  • 1
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 2
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 3
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 4
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 5
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
  • 6
    ホテルの部屋に残っていた「嫌すぎる行為」の証拠...…
  • 7
    キャサリン妃を睨む「嫉妬の目」の主はメーガン妃...…
  • 8
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%…
  • 9
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 10
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 9
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中