最新記事

アメリカ

憤るアメリカ白人とその政治化

2017年9月11日(月)12時14分
マルガリータ・エステベス・アベ(シラキュース大学准教授)※アステイオン86より転載

 クレイマーのヒアリングの対象であるウィスコンシンの「非都市部(rural)」の有権者らは、税金の殆どが「都市(urban)」に配分され、自分らには回って来ない、都市に所在する政府部門は肥大化し、公務員らは甘い汁を吸っていると信じている。しかも「都市」の人たちが自分たちを「田舎者」であると見下している、政治家も都市ばかりに目を向けて、自分らのことには見向きもしない、と憤る。彼らにとって、「都市」とは、州立大学や地元メディアにより構成されるリベラル・エリートとホワイトカラーの公務員を意味する。怒りの裏には、行政サービスの財源の分権化が州内の再配分機能を減少させ、世帯数の少ない農村地域では行政サービスの量と質の維持が難しくなっている中で、「都市部」は良い思いをしている、という認識がある。州立大学であるにもかかわらず、マディソン校は名門である故に入学基準が厳しく、自分の子供や孫が入学できないことの恨み、自分らよりも雇用が安定し、福利厚生に恵まれた公務員への怒りがある。クレイマーの本にはないが、背景として重要なのは、民間と公務員の労働条件の差である。労働運動が盛んなころのウィスコンシンでは、民間労働組合員であれば、大卒でなくとも、社会保険年金プラス給付型企業年金と退職者医療保険が約束されていたが、企業の負担を下げる為に企業年金は拠出型にかわり、昔ながらの給付型企業年金を貰えるのは公的部門の労働者のみである。ウィスコンシンにおける公務員への怒りは、民間部門の衰退と紙一重なのである。こうして、我々(非都市=働き者のアメリカ人)対奴ら(都市=鼻持ちならないリベラル・エリート・怠け者の公務員)という構図が出来上がっていったのである。実際は公的部門は肥大化しているどころか縮小しており、共和党を支持すると自分たちの生活はかえって苦しくなるのであるが、反政府主義的、反職業政治家的なティーパーティー運動を支持することは、諸悪の根源であるリベラル派と公務員をやりこめる正しい戦略だと考えているのである。これがまさに「憤怒の政治」の中身である。

 ホックシールドのルイジアナでのフィールドワークの記述にも、政治家不信、政府規制への反対、リベラル派への反感が登場するが、その内容はウィスコンシンとはまた異なる。ホックシールドは、環境保全や健康被害に無頓着な石油プラントや天然ガス採掘会社から実害を受けている住民らが、それでも「雇用を増やす為に」と、さらなる環境規制緩和や企業減税を支持する様子を記述している。その実害たるや、家族全員が癌に罹患し、家畜が川の水を飲んで死亡し、規制緩和で採掘が危険な地区でのシェールガス採掘が行われ、集落全体が陥没して自分の家に住めなくなるなど、とても先進国とは思えない状況になっているにかかわらず、だ。共和党が優勢な州であるので、政府サービスは大幅に削減されており、引越し資金もない人たちには、地元での雇用だけが頼みの綱なのはわかるが、環境汚染にその生業を脅かされる漁業関係者らでさえ、環境保護運動には関心がない。また、ペンテコステ派の敬虔なクリスチャンが多いルイジアナでは、汚染も地球温暖化もすべて神の御心次第という態度の人がいる様子も描かれている。ホックシールドが指摘するように、米国には、キリストの再来は近く、その時に、信じる者だけが救われ、他は全て焼き尽くされると確信する信者が多いところでは、環境保護よりも中絶の反対と自分の魂の救済の方が大切だと考える人たちも多いのである。

【参考記事】トランプ現象の背後に白人の絶望──死亡率上昇の深い闇

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米原油先物、23年10月以来の高値 北海ブレント9

ビジネス

原油高で需要減退リスク、大幅利下げ支持の公算=ミラ

ワールド

アイスランド、国民投票8月実施へ EU加盟交渉再開

ビジネス

米航空会社、燃料費高騰が重しに 交戦長期化なら業績
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプのイラン攻撃
特集:トランプのイラン攻撃
2026年3月10日号(3/ 3発売)

核開発の断念を迫るトランプ政権が攻撃を開始。イランとアメリカの本格戦争は始まるのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    中国はイランを見捨てた? イランの「同盟国」だったはずの中国が、不気味なまでに静かな理由
  • 2
    日本の保護者は自分と同じ「大卒」の教員に敬意を示さない
  • 3
    10歳少女がライオンに激しく襲われる...中国の動物園で撮影された「恐怖の瞬間」映像にネット震撼
  • 4
    「みんな一斉に手を挙げて...」中国の航空会社のフラ…
  • 5
    「巨大な水柱に飲み込まれる...」米海軍がインド洋で…
  • 6
    サファリ中の女性に悲劇...ライオンに「くわえ去られ…
  • 7
    日本の若者「韓国就職」憧れと現実のギャップ ── ビ…
  • 8
    「毎日が人生最後の日」だと思って酒を飲む...84歳医…
  • 9
    「ハリポタ俳優で終わりたくない」...ハリー・メリン…
  • 10
    アルツハイマーを予防する「特効薬」の正体とは? …
  • 1
    日本の若者「韓国就職」憧れと現実のギャップ ── ビザの壁、会社都合の解雇、帰国後も続く苦境
  • 2
    縫いぐるみが相棒、孤独なサル「パンチくん」がバズった理由
  • 3
    BTS復活...でも、韓国エンタメが「苦境」に陥っている
  • 4
    イラン猛反撃、同士討ちまで起きる防空戦はいつまで…
  • 5
    「毎日が人生最後の日」だと思って酒を飲む...84歳医…
  • 6
    見事なカンフーを見せた中国ヒト型ロボットのからく…
  • 7
    サファリ中の女性に悲劇...ライオンに「くわえ去られ…
  • 8
    少子化に悩む韓国で出生率回復...昨年過去最大の伸び…
  • 9
    「死体を運んでる...」Google Earthで表示される「不…
  • 10
    「若い連中は私を知らない」...大ヒット映画音楽の作…
  • 1
    ウクライナ戦闘機「F-16」がロシア軍「シャヘド」を空中爆破...地上から撮影の「レア映像」を公開
  • 2
    台湾侵攻「失敗」の大きすぎる代償
  • 3
    「最恐」恐竜T・レックスの定説を覆す新研究が
  • 4
    イースター島の先住民から資源を略奪、島を「生きた…
  • 5
    見事なカンフーを見せた中国ヒト型ロボットのからく…
  • 6
    アルコールは血糖値を下げる...「脳と血管を守る」医…
  • 7
    「ヘル・コリア」から日本へ7万人 ── 大企業の高給より…
  • 8
    中国、パナマ運河の港湾喪失でパナマに報復──トラン…
  • 9
    命は長し、働け女たち――88歳「働くばあさん」が説く…
  • 10
    「罠に嵌められた」と主張するが...欧州で次々と摘発…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中