最新記事

民主主義

【往復書簡】リベラリズムの新たな擁護論を考える

2017年7月11日(火)16時32分
ビル・エモット、ジョナサン・ラウシュ、田所昌幸(※アステイオン86より転載)

ジョナサン、マサユキへ

 ジョナサンと同じように、この勝負は勝てるし、勝たなくてはいけないと思っているよ。ともかくどんなストーリーラインであれメッセージであれ、「グローバリゼーション」という言葉を使うのは最悪だ。これを言ったとたんに、人々は圧倒的な中国産業に押しつぶされるか、シンシナティやノッティンガムや大阪にいるフツーの人たちではなく、ダボス会議の常連好みの現象を連想してしまうからね。より良い言い方は「開放性」と「平等」ではないだろうかと。メッセージの中では、この二つが両立し、相互に作用しあい、常に両方ともに気配りされるべきではないだろうか。

 ジョナサン、全く君の言うとおりで、我々の過去の長期的記録は実に立派なものだが、西側の国がどこでおかしくなったのかということを考えてみると、どうやら「開放性」と「平等」の間に欠かせないバランスを失したことが問題ではないのかという気がしている。アメリカでもヨーロッパでも、二〇〇八年の金融危機までの一〇年間は、資本市場も金融市場も非常に開放的にしたけれど、同時にこういった開放性から利益を受けたウォール・ストリートやロンドンのシティーやドイツの銀行などの勢力が、公共政策や時には民主的制度全体に不平等な影響力を強めてしまい、それを黙認してしまったことがあるのではないか。そして、二〇〇八年の金融恐慌以降は、日本で一九九〇年から九二年までに起こった金融危機と同様、問題への対処の仕方がとても不平等で、巨額の資金を銀行につぎ込んでおきながら(これは正しいけれど)、銀行をちゃんと罰することをせずに(これは間違いだ)、普通の人々に所得の低下や生活の不安定化(日本やヨーロッパの場合)や高失業率や所得の停滞(これはアメリカとヨーロッパに当てはまる)をずっと強いてきたことだ。政府から出てきたメッセージは、結局のところ「我慢してくれ。そのうち事態は良くなるから」ということだったが、ケインズが一九三〇年代に「長期的には我々はみんな死んでしまう」と言っていたのを思い出すよ。二一世紀流に言い換えれば、「長期的には我々はみなトランプ大統領とルペン大統領に統治されるだろう」ということになるのだろうかね。

 一般の有権者が再び「開放性」を支持するように納得させるには、ジョナサンの言っているように、不平等を減らし政治と経済の権力の集中を本気で打破するのだということを判ってもらうしかないだろう。こういったことを、中国と競争しながらやるのは楽ではないし、ましてや人口が高齢化し、技術進歩の行方に恐怖感があるとなるとなおさらなのだけれど、だからこそそうしないといけないのだと思う。若い人々と高齢者の間の、富と政治的権力の不平等は、世界中でますます重要な問題になっている。自動化の進展は、生産性の向上を通じて生活水準を向上させる上で素晴らしいチャンスだけれど、同時に不平等を悪化させるかもしれない。

 リベラリズムにとって一番のストーリーラインは、ずっと「我々はともに生きるのだ」という意味での、社会的信頼と市民的平等だったが、経済的政治的なストレスが強まったので、運命とアイデンティティを共有しようというストーリーラインを、ポピュリストに譲り渡してしまった。リベラルがやらないといけないのは、それを取り戻すこと、しかも早々に取り戻すことではないだろうか。

From ビル・エモット

【参考記事】小池都政に「都民」と「民意」は何を求めているのか
【参考記事】国民投票を武器に跳躍するヨーロッパのポピュリズム政党
【参考記事】トランプでも変わらない、アメリカの強固な二大政党制

ビル・エモット(Bill Emmott)
1956年ロンドン生まれ。オックスフォード大学卒業後、英エコノミスト入社。1983年から3年間東京支局長として日本と韓国を担当、1993年に同誌編集長。2006年にフリーとなり、現在、国際ジャーナリストとして活動している。主な著書に『日はまた沈む――ジャパン・パワーの限界』(草思社)、"Good Italy, Bad Italy" (Yale University Press), 近刊に"The Fate of the West"(The Economist)がある。

ジョナサン・ラウシュ(Jonathan Rauch)
1960年生まれ。イェール大学卒業。ブルッキングス研究所シニアフェロー、『アトランティック』編集者。主な著書に『The Outnation(ジ・アウトネーション)――日本は「外圧」文化の国なのか』(経済界)、『表現の自由を脅すもの』(角川書店)、"Political Realism: How Hacks, Machines , Big Money, and Back-Room Deals Can Strengthen American Democracy"など。

田所昌幸(Masayuki Tadokoro)
1956年生まれ。京都大学大学院法学研究科中退。姫路獨協大学法学部教授、防衛大学校教授を経て慶應義塾大学法学部教授。専門は国際政治学。著書に『「アメリカ」を超えたドル』(中央公論新社、サントリー学芸賞)、『ロイヤル・ネイヴィーとパクス・ブリタニカ』(編著、有斐閣)など。

※当記事は「アステイオン86」からの転載記事です。
asteionlogo200.jpg




『アステイオン86』
 特集「権力としての民意」
 公益財団法人サントリー文化財団
 アステイオン編集委員会 編
 CCCメディアハウス

【お知らせ】ニューズウィーク日本版メルマガリニューアル!
 ご登録(無料)はこちらから=>>

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ヒズボラ、対イスラエル攻撃停止 停戦に関し公式見解

ワールド

北朝鮮が弾道ミサイル発射、2日連続 韓国の緊張緩和

ビジネス

インド中銀が金利据え置き、紛争で見通し不透明 イン

ワールド

平和維持要員死亡、イスラエルとヒズボラに責任 国連
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプの大誤算
特集:トランプの大誤算
2026年4月14日号(4/ 7発売)

国民向け演説は「フェイク」の繰り返し。泥沼化するイラン攻撃の出口は見えない

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    米特殊部隊、米空軍兵士救出「大成功」に残る多くの疑問
  • 2
    「南東部と東部の前線で480平方キロ奪還」とウクライナ軍司令官 ロシア軍「⁠春の​攻勢」は継続
  • 3
    「地獄を見る」のは米国か──イラン地上侵攻なら革命防衛隊と消耗戦に
  • 4
    米軍が兵器を太平洋から中東に大移動、対中抑止に空白
  • 5
    韓国、生理用品無償支給を7月から開始 靴の中敷きで…
  • 6
    「王はいらない」800万人デモ トランプ政権への怒り…
  • 7
    「高市しぐさ」の問題は「媚び」だけか?...異形の「…
  • 8
    【後編】BTS再始動、3年9カ月の沈黙を経て──変わる音…
  • 9
    人口減の自治体を救う「小さな浄水場」──誰もが常に…
  • 10
    5日間の寝たきりで髪が...ICUに入院した女性を襲っ…
  • 1
    米特殊部隊、米空軍兵士救出「大成功」に残る多くの疑問
  • 2
    イラン戦争の現実...アメリカとイスラエル、見え始めた限界
  • 3
    「考えの浅い親」が子どもに言ってしまっている口ぐせ・ワースト1
  • 4
    「根底にあるのは怒り」...日本の「3Dプリンター住宅…
  • 5
    「南東部と東部の前線で480平方キロ奪還」とウクライ…
  • 6
    攻撃開始日も知っていた?──イラン戦争を巡る巨額取引…
  • 7
    なぜイスラエルは対イラン戦争を支持するのか...「イ…
  • 8
    「地獄を見る」のは米国か──イラン地上侵攻なら革命…
  • 9
    【銘柄】イラン情勢で一躍脚光の「NEC」 防衛・宇宙…
  • 10
    米軍が兵器を太平洋から中東に大移動、対中抑止に空白
  • 1
    温暖化で増えた? サンマやサケ減少の裏で激増する「安価で栄養価の高い魚」の正体
  • 2
    ロシア政府、痛恨のミス...プーチンの「健康不安説」を裏付けるような動画を公式に投稿してしまう
  • 3
    米特殊部隊、米空軍兵士救出「大成功」に残る多くの疑問
  • 4
    「根底にあるのは怒り」...日本の「3Dプリンター住宅…
  • 5
    メーガン妃、娘リリベット王女との新ショット公開...…
  • 6
    「ノーと言えるスペイン」の背景に国防意識...次期ス…
  • 7
    キャサリン皇太子妃、ナイジェリア大統領夫妻出迎え…
  • 8
    数時間以内に死に至ることも...若者の間で集団感染が…
  • 9
    「日本より、自分の国(フランス)を心配すれば?」…
  • 10
    米軍も防ぎきれないイランのドローン攻撃──イラン製…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中