最新記事

民主主義

【往復書簡】リベラリズムの新たな擁護論を考える

2017年7月11日(火)16時32分
ビル・エモット、ジョナサン・ラウシュ、田所昌幸(※アステイオン86より転載)

asteion_shokan170710-2.jpg

(左から)田所昌幸氏、ビル・エモット氏(Photo: Justine Stoddart)、ジョナサン・ラウシュ氏

マサユキ、ビルへ

 他の国のことはあまり知らないので、アメリカに限って言えばだけれど、反リベラル的反動が、エリートが無能だったり鈍感だったりしたせいだというよくある考えには、賛成ではないな。アメリカのエリートは、戦後の世界秩序を創り、民主主義を広め、経済的繁栄をもたらし、共産主義を打倒し、女性や少数派の権利を擁護し、素晴らしく生産的な科学的システムを確立し、二〇〇八年には世界大恐慌の再来を防止し、それにテロリズムや他の脅威からアメリカを守ってきた。もちろん彼らだけでやったことではないけど、これは立派なものではないか。

 でも君の言うとおり、後ろ指を指したり嘆いていてもしょうがない。労働者階級の経済的、社会的不満は真剣で、対応しなければいけない。こういった問題に対応する政策的なアイディアには事欠かないのは、肯定的な材料だ。例えば、労働組合を再編成したり再活性化したりして、労働者の発言力を強化しつつ、職業訓練を提供したり、ある種の徒弟制度で、大学教育以外の経路で職業に就く途を作ったり、賃金を保障する保険を導入して経済的ショックを緩和したりするといったことだ。政党は、外部の集団からの独立性を高めて強化し、政治的統合や一般市民の関与をもっと上手くやれるようにする必要がある。保守派は社会的セーフティーネットに目くじらをたてずに、市場での独占の力に注意をもっと払わないといけないだろうし、格差問題は放っておけばリベラルな資本主義の正当性を蝕むことになるので、これをもっと深刻に捉える必要もあるだろう。他方で進歩派、ナショナリズム(賢く管理すればある程度までは良いものだ)とは折り合いを付けなくてはいけないし、移民や多文化主義にも節度がなければいけないと思う。トランプの言っていることも、何からなにまで間違っているわけではない。老朽化が進んでいるNATOや国連のような制度は、見直しが必要だ。

 こういう種類のことは、できるかもしれない。だがもっと難しい問題は、どういった類いのことを「語る」のかということではないか。自由民主主義には「物語」というか「ストーリーライン」が必要で、そうでないとトランプが共和党大会で言ったように、「問題を解決できるのは、私しかない」といった調子のポピュリズムに対抗できない。保護主義に訴えて職を守ることはコストがかかりすぎると説明したところでそれでは不十分だ。人々は自分自身の職は保護される値打ちがあると思うのだから。

 事実関係から見れば、自由民主主義のモデルが優れていて、とりわけそのモデルの有効性を改善するように手をいれれば、なおさら優れているだろう。マサユキ、問題は、君にとっても、ビルにとっても僕にとっても、どうやってこのメッセージを人々に伝えるのかということではないだろうか。

From ジョナサン・ラウシュ

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

イスラエルがガザ空爆、48時間で120人殺害 パレ

ワールド

大統領への「殺し屋雇った」、フィリピン副大統領発言

ワールド

米農務長官にロリンズ氏、保守系シンクタンク所長

ワールド

COP29、年3000億ドルの途上国支援で合意 不
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 2
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 3
    「このまま全員死ぬんだ...」巨大な部品が外されたまま飛行機が離陸体勢に...窓から女性が撮影した映像にネット震撼
  • 4
    「ダイエット成功」3つの戦略...「食事内容」ではな…
  • 5
    北朝鮮は、ロシアに派遣した兵士の「生還を望んでい…
  • 6
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 7
    ロシア西部「弾薬庫」への攻撃で起きたのは、戦争が…
  • 8
    クルスク州のロシア軍司令部をウクライナがミサイル…
  • 9
    「何も見えない」...大雨の日に飛行機を着陸させる「…
  • 10
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 3
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 4
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 5
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 6
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 7
    北朝鮮は、ロシアに派遣した兵士の「生還を望んでい…
  • 8
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    メーガン妃が「輝きを失った瞬間」が話題に...その時…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 4
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大き…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋…
  • 7
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 8
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 9
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 10
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中