最新記事

民主主義

【往復書簡】リベラリズムの新たな擁護論を考える

2017年7月11日(火)16時32分
ビル・エモット、ジョナサン・ラウシュ、田所昌幸(※アステイオン86より転載)

欧米の主要メディアは安倍首相に批判的だったが「安倍首相はおよそトランプとは似ていない」と田所氏(7月8日、G20にて) Carlos Barria-REUTERS


<論壇誌「アステイオン」86号(公益財団法人サントリー文化財団・アステイオン編集委員会編、CCCメディアハウス、5月18日発行)から、同誌編集委員長の田所昌幸・慶應義塾大学法学部教授、国際ジャーナリストのビル・エモット氏、米誌『アトランティック』編集者のジョナサン・ラウシュ氏による往復書簡「今度ばかりは違うのか? リベラルデモクラシーの危機」を2回に分けて転載する。
 前編の最後で「新たなリベラリズム擁護論、経済的にも社会的にも置き去りにされた人々にも意義のある、リベラリズム擁護論を打ち立てられるかどうか」と結んだラウシュ氏。そこから3人の議論は発展し、エモット氏は「この勝負は勝てるし、勝たなくてはいけないと思っている」と書く>

※前編:【往復書簡】英米でポピュリズムが台頭したのはなぜか

ジョナサン、ビルへ

 自由民主主義国の資本主義は、金融危機に見られるような市場の不安定や、競争の勝者と敗者の格差といった問題で、押しなべてうまくいっていないのは確かだ。日本はこの点ではむしろ先行的事例で、金融市場のバブルがはじけて以降長期にわたる経済的な停滞のせいで、政党に、官僚、大企業、それにマスコミといった戦後日本を支えてきた主要制度の権威が、皆弱体化した。でも日本で起こったのは、トランプのような「ワンマン」型の指導者が出現したことではなく、弱体な政権が続いたことだ。欧米の主要メディアは、安倍首相には批判的だったけど、安倍首相はおよそトランプとは似ていない。たぶん日本の問題は、ジョナサンの書いた『デモスクレオシス』で描いた世界に近いだろう。今の日本のムードは、いろいろある問題にはどのみち簡単な解決策はないのだ、という諦めムードだ。そして現在のシステムを素人が大改造するよりも、その道のプロに国の運営を任せた方が、まだいいだろうという感じだろうか。

 東京から見ると、トランプが危険なのは、安全保障を支えてきた同盟枠組みや多角的貿易体制など、戦後世界の重要な基礎を、取り返しのつかないほどダメにしてしまうかもしれないからだ。そうなれば、中国やロシアといった権威主義的な国家がそれぞれの地域で支配的な立場を占めかねない。だとすると、一体冷戦に勝ったのは結局のところ誰だったのだろうか。日本が軍国主義に回帰するといった心配はないけれど、ますます居丈高な中国に日本だけで対処せざるをえなくなったりしたら、僕ですら反中ヒステリーと台頭する中国に擦り寄ろうという衝動にはさまれて日本国内が抜き差しならないことになるかもしれないという心配はある。安倍首相が少なくとも今のところは、トランプ大統領に上手く取り入っているのは一安心だが、そのせいでメイ首相同様、国内でいろいろ批判されやすくなったのも事実だ。

 イギリスのEU離脱派も、離脱が現実のものになるといろいろと困ったことが起こるのを実感すると、後悔するようになるだろうと思ったけれど、半年たってもまだその様子がないのに驚いているほどだ。トランプ支持者の間でも、選挙戦で大言壮語したことがそのまま実行できるはずはないのだから、やはり幻滅感が出てくるに違いないと思っている。実際アメリカの裁判所はもう、論議を呼んだ一部イスラム教国からの入国禁止措置を差し止めたよね。でもジョナサン、君のアトランティックの記事を読んで、今度もまた間違っているかもしれないと思い始めた。ともあれ、トランプの言う「忘れ去られた男女」が怒るのを止めて、諦観に沈むのを待っているだけでいいはずはないよね。でも問題は、どうやるのかだ。多分法廷闘争も市民的な抗議行動もたくさん起こるだろう。でも「リベラル派」(これはとっても混乱しやすい言葉だけど)も、エリート主義的で、ご立派に過ぎ、時にはリベラル派が不寛容で、権威主義的ですらあったことで、反リベラル的民主主義の台頭に責任があるのではないか。どうやらリベラル派自身が、自己改革が必要なように思えるけど、ジョナサン、君の言う新たなリベラリズム擁護論は、いったいどんなものなのか教えてくれないかな。

From 田所昌幸

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米ウクライナ首脳、日本時間29日未明に会談 和平巡

ワールド

訂正-カナダ首相、対ウクライナ25億加ドル追加支援

ワールド

ナイジェリア空爆、クリスマスの実行指示とトランプ氏

ビジネス

中国工業部門利益、1年ぶり大幅減 11月13.1%
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 2
    マイナ保険証があれば「おくすり手帳は要らない」と考える人が知らない事実
  • 3
    【銘柄】子会社が起訴された東京エレクトロン...それでも株価が下がらない理由と、1月に強い秘密
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 6
    「アニメである必要があった...」映画『この世界の片…
  • 7
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」と…
  • 8
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 9
    2026年、トランプは最大の政治的試練に直面する
  • 10
    素粒子では「宇宙の根源」に迫れない...理論物理学者…
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 4
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 5
    中国、インドをWTOに提訴...一体なぜ?
  • 6
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 7
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 8
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 9
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 10
    アベノミクス以降の日本経済は「異常」だった...10年…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 3
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「…
  • 6
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 7
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 8
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 9
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 10
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中