国民投票を武器に跳躍するヨーロッパのポピュリズム政党
スイスの右派ポピュリズム政党「国民党」のクリストフ・ブロッハー Arnd Wiegmann-REUTERS
<論壇誌「アステイオン」86号(公益財団法人サントリー文化財団・アステイオン編集委員会編、CCCメディアハウス、5月18日発行)は、「権力としての民意」特集。今日、民意に基づく政治が困難に直面しており、「(政治家や官僚といった)エリートが信頼と自律性を失うとき、民意はようやく権力者としての貌(かたち)を顕わにする」と、特集の巻頭言に待鳥聡史・京都大学大学院法学研究科教授は書く。
昨年の英EU離脱を問う国民投票は世界に衝撃を与えたが、イタリアでも同様に、国民投票により内閣が倒れた。国民投票の母国といわれるスイス、2世紀にわたって国民投票と縁のなかったオランダという対極にある両国でも、ポピュリズム政党が国民投票を使って勢力を拡大している。ヨーロッパ政治に何が起こっているのか。同特集の水島治郎・千葉大学法政経学部教授による論考「民意がデモクラシーを脅かすとき――ヨーロッパのポピュリズムと国民投票」から、一部を抜粋・転載する>
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ヨーロッパにおけるポピュリズム政党の伸長
周知の通り、二一世紀に入ってヨーロッパ各国でポピュリズム政党が進出を果たしており、すでに主要政党と肩を並べる国もある。イタリア、オーストリア、スイス、デンマーク、ベルギー、オランダなどではポピュリズム政党は多数の議席を獲得し、移民・難民政策をはじめとする主要な政策分野に重要な影響を及ぼしている。また五%阻止条項や小選挙区制に阻まれて国政レベルの議席獲得には困難があるものの、ドイツやフランス、イギリスでもポピュリズム系政党への支持が広がりを見せている。さらにメディアでは、批判対象として扱われることが多いとはいえ、ポピュリズム系の政治家や政党が高い露出度を示している。ソーシャルメディアの世界を覗けば、ポピュリズム政党が既成政党を圧倒する例も多い。二一世紀のヨーロッパ政治が、あたかもポピュリズムの時代を迎えたかのような印象さえ受ける。
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従来、ヨーロッパのポピュリズム政党については、その「反民主的」性格が指摘され、極右と同一視する見方も強かった。実際、ポピュリズム政党の中でも「老舗」というべきフランス、オーストリア、ベルギーのそれは、いずれも右翼的な運動に起源を有しており、反体制的傾向を持つ極右系の政党として出発した。しかし一九八〇年代には極右系政党のいずれもが「転回」を遂げる。彼らはむしろ民主的原理を基本的に受容するとともに、既成政治を批判しつつ、移民問題や対EU政策などをめぐり、既存の政策と異なる「民意」をエリートに突きつける方向にシフトしていったのである。この現代のポピュリズム政党の見せる「民主的」なあり方は、極右系の起源を持たない政党の場合、より顕著である。
その典型は、オランダやデンマークのポピュリズム政党だろう。オランダの自由党、デンマークのデンマーク国民党はいずれも自由主義系の出自をもつ政党であり、極右とのつながりはない。むしろ両党は、西欧近代の「リベラル」な価値を前提とし、政教分離や男女平等、個人の自由の重要性を訴えるとともに、返す刀で「政教分離を認めない」イスラム、「男女平等を拒否する」イスラムを批判するという論法をとる。オランダ・自由党のウィルデルスなどは、近代啓蒙の伝統を受け継ぐ存在として自らを位置づけ、西洋世界の勝ち取ってきた「自由」を守るためにこそ、イスラム移民の排除が必要だと主張する。
日本の文脈ではやや違和感のある、この「リベラル排外主義」の主張を彼らが前面に掲げることで、両国のポピュリズム政党は支持の大幅な拡大に成功してきた。両党は、極右は支持できないものの移民排除に賛同する一般の有権者層に広く浸透することで、両国の政治空間で強い存在感を示すに至ったのである。