最新記事

欧州

国民投票を武器に跳躍するヨーロッパのポピュリズム政党

2017年6月28日(水)11時06分
水島治郎(千葉大学法政経学部教授)※アステイオン86より転載

スイスの右派ポピュリズム政党「国民党」のクリストフ・ブロッハー Arnd Wiegmann-REUTERS


<論壇誌「アステイオン」86号(公益財団法人サントリー文化財団・アステイオン編集委員会編、CCCメディアハウス、5月18日発行)は、「権力としての民意」特集。今日、民意に基づく政治が困難に直面しており、「(政治家や官僚といった)エリートが信頼と自律性を失うとき、民意はようやく権力者としての貌(かたち)を顕わにする」と、特集の巻頭言に待鳥聡史・京都大学大学院法学研究科教授は書く。
 昨年の英EU離脱を問う国民投票は世界に衝撃を与えたが、イタリアでも同様に、国民投票により内閣が倒れた。国民投票の母国といわれるスイス、2世紀にわたって国民投票と縁のなかったオランダという対極にある両国でも、ポピュリズム政党が国民投票を使って勢力を拡大している。ヨーロッパ政治に何が起こっているのか。同特集の水島治郎・千葉大学法政経学部教授による論考「民意がデモクラシーを脅かすとき――ヨーロッパのポピュリズムと国民投票」から、一部を抜粋・転載する>

【参考記事】小池都政に「都民」と「民意」は何を求めているのか

ヨーロッパにおけるポピュリズム政党の伸長

 周知の通り、二一世紀に入ってヨーロッパ各国でポピュリズム政党が進出を果たしており、すでに主要政党と肩を並べる国もある。イタリア、オーストリア、スイス、デンマーク、ベルギー、オランダなどではポピュリズム政党は多数の議席を獲得し、移民・難民政策をはじめとする主要な政策分野に重要な影響を及ぼしている。また五%阻止条項や小選挙区制に阻まれて国政レベルの議席獲得には困難があるものの、ドイツやフランス、イギリスでもポピュリズム系政党への支持が広がりを見せている。さらにメディアでは、批判対象として扱われることが多いとはいえ、ポピュリズム系の政治家や政党が高い露出度を示している。ソーシャルメディアの世界を覗けば、ポピュリズム政党が既成政党を圧倒する例も多い。二一世紀のヨーロッパ政治が、あたかもポピュリズムの時代を迎えたかのような印象さえ受ける。

【参考記事】国民投票とポピュリスト政党、イタリアの危険過ぎるアンサンブル

 従来、ヨーロッパのポピュリズム政党については、その「反民主的」性格が指摘され、極右と同一視する見方も強かった。実際、ポピュリズム政党の中でも「老舗」というべきフランス、オーストリア、ベルギーのそれは、いずれも右翼的な運動に起源を有しており、反体制的傾向を持つ極右系の政党として出発した。しかし一九八〇年代には極右系政党のいずれもが「転回」を遂げる。彼らはむしろ民主的原理を基本的に受容するとともに、既成政治を批判しつつ、移民問題や対EU政策などをめぐり、既存の政策と異なる「民意」をエリートに突きつける方向にシフトしていったのである。この現代のポピュリズム政党の見せる「民主的」なあり方は、極右系の起源を持たない政党の場合、より顕著である。

 その典型は、オランダやデンマークのポピュリズム政党だろう。オランダの自由党、デンマークのデンマーク国民党はいずれも自由主義系の出自をもつ政党であり、極右とのつながりはない。むしろ両党は、西欧近代の「リベラル」な価値を前提とし、政教分離や男女平等、個人の自由の重要性を訴えるとともに、返す刀で「政教分離を認めない」イスラム、「男女平等を拒否する」イスラムを批判するという論法をとる。オランダ・自由党のウィルデルスなどは、近代啓蒙の伝統を受け継ぐ存在として自らを位置づけ、西洋世界の勝ち取ってきた「自由」を守るためにこそ、イスラム移民の排除が必要だと主張する。

 日本の文脈ではやや違和感のある、この「リベラル排外主義」の主張を彼らが前面に掲げることで、両国のポピュリズム政党は支持の大幅な拡大に成功してきた。両党は、極右は支持できないものの移民排除に賛同する一般の有権者層に広く浸透することで、両国の政治空間で強い存在感を示すに至ったのである。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ビジネス

米GDP、第3四半期速報値は4.3%増 予想上回る

ビジネス

米CB消費者信頼感、12月は予想下回る 雇用・所得

ワールド

トランプ氏「同意しない者はFRB議長にせず」、就任

ワールド

イスラエルのガザ再入植計画、国防相が示唆後に否定
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    素粒子では「宇宙の根源」に迫れない...理論物理学者・野村泰紀に聞いた「ファンダメンタルなもの」への情熱
  • 2
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低く、健康不安もあるのに働く高齢者たち
  • 3
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 4
    ジョンベネ・ラムジー殺害事件に新展開 父「これま…
  • 5
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリ…
  • 6
    12歳の娘の「初潮パーティー」を阻止した父親の投稿…
  • 7
    「何度でも見ちゃう...」ビリー・アイリッシュ、自身…
  • 8
    なぜ人は「過去の失敗」ばかり覚えているのか?――老…
  • 9
    「個人的な欲望」から誕生した大人気店の秘密...平野…
  • 10
    楽しい自撮り動画から一転...女性が「凶暴な大型動物…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 3
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 4
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 5
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 6
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 7
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 8
    空中でバラバラに...ロシア軍の大型輸送機「An-22」…
  • 9
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリ…
  • 10
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 7
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 8
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 9
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 10
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中