トランプでも変わらない、アメリカの強固な二大政党制
Carlos Barria-REUTERS
<論壇誌「アステイオン」86号(公益財団法人サントリー文化財団・アステイオン編集委員会編、CCCメディアハウス、5月18日発行)は、「権力としての民意」特集。今日、民意に基づく政治が困難に直面しており、「(政治家や官僚といった)エリートが信頼と自律性を失うとき、民意はようやく権力者としての貌(かたち)を顕わにする」と、特集の巻頭言に待鳥聡史・京都大学大学院法学研究科教授は書く。
ドナルド・トランプの米大統領選勝利から半年以上が経ったが、その政治手法に注目が集まるあまり、「選挙以降の政治対立が、あたかも全てトランプに主導された、熱狂的な支持者と強硬な反対派の対決であるかのように捉えられがちなのは問題」だと、岡山 裕・慶應義塾大学教授は言う。岡山氏が大統領選以降の動きを二大政党政治の枠組みに位置付けた同特集の論考「アメリカ二大政党政治の中の『トランプ革命』」から、選挙戦について明らかにした前半部の一部を抜粋・転載する>
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分析を拒否する選挙戦
二〇一六年大統領選挙は、(筆者を含む)アメリカ内外の大半の政治学者、ジャーナリスト、そして世論調査会社の予想に反する結果となった。ミシガン、ペンシルヴェニア、ウィスコンシンの三州でそれぞれ一般投票の一%未満、合計八万票弱の僅差でトランプが民主党のヒラリー・クリントンを破ったのが勝利を決定づけたのもあるが、事前の世論調査でトランプ支持者が態度を明らかにしなかったり、そもそも調査に応じなかったりして、実態よりもクリントン優勢の調査結果が出ていたことが原因として指摘されてきた。
しかし、この選挙の予想を難しくした最大の要因は、トランプによるあまりにも異例の選挙の戦い方だったと思われる。今日のアメリカでは、選挙戦の定跡がかなりの程度確立している。候補者の選挙対策組織は、世論調査や選挙コンサルタントを活用して、獲得したい支持層の組み合わせによって政策的主張の内容を詰める。そのうえで、テレビ広告やボランティアによる戸別訪問等を通じて有権者を動員しようとする。この一連の活動には莫大な費用がかかり、とくに本選挙では所属政党の組織との連携も重要となる。
ところが、トランプは「メキシコ国境に壁を作る」等、直感的な主張を展開し、選挙戦の初期には専門的な選挙技術もそれほど活用しなかったとみられる。主に自己資金で選挙を戦ったのもあって、使った選挙資金の総額はクリントンの半分程にすぎない。様々な問題発言によって、ポール・ライアン連邦議会下院議長を始めとする全国的な共和党指導者の多くを敵に回した結果、党組織との不和も目立った。そのうえ、トランプはヒスパニックを始めとするマイノリティや女性という、元々共和党が動員に課題を抱える有権者層を始め、多岐にわたる人々を激しく攻撃した。それらの暴言は、従来であれば単独でも選挙戦からの撤退に追い込まれておかしくない程のものだったのである。
デイヴィッド・メイヒューはその連邦議会研究の古典で、選挙の候補者達は皆プロの政治家であり、誰もわざと負けるような行動をとらないので、実際にそうしたらどれほどの影響が生じるかは知りようがない、と述べる(メイヒュー『アメリカ連邦議会――選挙とのつながりで』勁草書房、二〇一三年刊)。ここでは、普通なら選挙戦に留まれないような暴言を吐く候補者が、定跡を大きく逸脱した戦い方をしたことが分析を著しく困難にしたのである。こうした異例さが、トランプをめぐる政治過程が特殊なものだという人々の印象を強めるように働いたのは間違いないであろう。では、選挙結果を事前に予測するのが困難だったとして、その帰結はどのように理解できるだろうか。
奇妙な選挙の普通の結果
トランプは、選挙の勝利演説で最早「忘れられた人々」が忘れられることはない、と自らの主たる支持層の貢献を称え、彼らにアピールした。選挙の勝者が「民意が示された」として、自分の行動や主張を正当化するのは世の常である。しかし実際には、敗者に投票した者が相当数いる――今回は一般投票で勝者への票を数百万票上回っている――のみならず、勝者に投票した理由も様々であろう。投票の諸要因の腑分けには、出口調査結果の多変量解析や、独自の調査を行っての実験といった方法がある。それに対して、本稿では一般のメディアで公開されている変量毎の集計データしか活用できていないという限界があることをお断りしておく。