『怪談』の小泉八雲が遺していた、生涯唯一の料理書
例えば、クレオール名物ザリガニのビスク(スープ)を作るなら、「ザリガニは五〇匹ほどが適当である」。あるいは、「鳩を六羽用意し、翼を胴体に串あるいはひもで固定する」というレシピもある(鳩のパイ)。電化製品などなかった時代の家庭料理とは、かくも豪快だったのだ。
また、ところどころに料理のコツや、素材を選ぶ際のポイントなどが紹介されている点も面白い。きっとハーン自身が、「料理の先生」である主婦たちから教えてもらったのだろう。
卵を選ぶときは一つ一つを明かりにかざして見ること。新鮮ならば白身が透き通って黄身がくっきり見えるはずだ。ぼんやりとしていたら古い卵である。(113ページより)
意外に参考になる項目や、「とてもおいしいオムレツ」の作り方
130年以上前の料理書だけあって、たしかに現代の一般読者には実用的でない部分もあるが(ザリガニや鳩の扱い方など)、なかには意外なほど参考になる項目もある。
たとえば「獣肉・鳥類・鹿肉料理のためのソース四五種」。ホワイトソースやブラウンソースからトマトソース、レモンソース、オーロラソース、ケイパー(ケッパー)のソース、白いキュウリのソースに、栗のソース......など、あらゆるソースが紹介されているのだ。
1冊の料理書に、これほどの種類のソースが羅列されることは、めったにない。こうした点こそ、クレオールの食文化そのものを伝えるために書かれた本書の特徴だろう。それがかえって実用的に読めるのも、この本の面白さと言えるのかもしれない。
ピクルスの章では、「ピクルスの心得」に始まり、全部で12のレシピが載っている。キュウリのピクルス(ウイスキー漬け)や卵のピクルス、牡蠣のピクルスなど、こちらも興味をそそられるラインナップで、試しに作ってみようかという気分になる(量は加減する必要があるが)。
このほかに、本書を読み進めていくと、思わず頬が緩んでしまうような記述によく出くわす。たとえば、先ほどの「鳩のパイ」には「絶品」と添えられていたり、「青トウモロコシのスープ」のあとに「なめらかでおいしい」というコメントがあったり。
料理名が「とてもおいしいオムレツ」となっているレシピや、「とても簡単でおいしいプディング」「お安く作れるワッフル」なんていうレシピもある。さらに、「おなかをこわしたときのためのラードやバターを使わない団子の生地」まで紹介されているのだ。
まさに、19世紀後半のニューオーリンズの主婦たちの知恵が盛り込まれた料理書であり、ハーンのクレオール文化への愛着を感じることのできる本と言えるだろう。
晩年を日本で過ごし、だれもが知る怪談を後世に残した功績
ラフカディオ・ハーンは、ニューオーリンズで充実した10年間を過ごしたのち、1890年に来日する。当初は、雑誌に記事を書くための取材旅行だった。しかし結局、1904年に亡くなるまでの14年間を彼は日本で暮らすことになる。