最新記事

BOOKS

奨学金が地獄と化しているのは昔の奨学金とは違うから

2017年4月4日(火)18時17分
印南敦史(作家、書評家)


 家計が苦しいから奨学金を借りる――貧困化が奨学金地獄を生み出しています。一方で、奨学金は新たな貧困を生み出しています。  いまや、大学生の奨学金借入平均額は300万円を超えています(2016年度)。仮に無利子の第一種奨学金と有利子の第二種奨学金を併用して、それぞれ最高額の6万4000円、12万円を大学4年間借りるとすれば、その総額は883万円にものぼります。  これだけ巨大な負債をかかえて社会に出るわけです。そして、卒業して約半年後に返済が始まります。(中略)社会人になっても生活苦が続いてしまうのです。(38ページより)

しかも"地獄"は、必ずしも社会人になってからはじまるわけではない。親元で暮らしているのならともかく、親の離婚や死別などの事情で片親家庭に育ってしまった学生の場合、さらに状況は困難なものになる。

どれだけ節約しても奨学金だけでは大学生活が成り立たず、足りないぶんは自ら稼ぐしかないということになるわけである。アルバイトをするといっても、裕福な環境にいる学生の小遣い稼ぎとはわけが違う。

親からの援助がまったく期待できない切羽詰まった状況で奨学金を利用している学生は確実に増えているというが、その結果として彼らはアルバイトに時間を取られ、学びたいという本来的な思いを押しつぶして働かざるを得なくなってしまうのだ。

だから、風俗で働くことを選択せざるを得ない女子学生も少なくないという。その結果、精神的に不安定になってアルコール依存症になってしまったとか、デリヘル経由でAVまで落ちたというようなケースもあるそうだ。

【参考記事】生活苦から「ブラックバイト」に追い込まれる日本の学生


「奨学金を返さない人が増えているというのは、新聞などで知ってはいましたが、『なぜ返さないんだろう?』と、疑問に思っていたんです。でも、不真面目で返さないのではなく、返したくても返せない社会になっているのだと、ようやくはっきりわかりました」(65ページより)

これは奨学金を利用して大学へ進学させた息子を、結果的に失ってしまった母親の言葉である。彼は「自分が返したお金で、次の世代の人たちが大学へ行けるのだから、責任を持って返さなきゃ」という思いから、正社員として働きはじめると、返済を欠かすことがなかったのだという。

ところが、1日に約22時間も働かされるような環境だったことから疲労が限界を超え、交通事故で命を落としてしまったのである。

では、奨学金を借りた結果、袋小路に追い込まれてしまった場合、どうしたらいいのだろうか? この問いについて、著者ははっきりと「必要な額だけを借りること。機関保証を選んで、困ったら自己破産を検討すること」と述べている。

借りる額を必要な範囲に限ることで返済の負担をできるだけ減らし、保証料は必要でも機関保証を選ぶことで保証人に返済義務を拡大せず、返済できなくなっても自己破産しやすい状況をつくっておくべきだというのである。

【参考記事】日本の貧困は「オシャレで携帯も持っている」から見えにくい

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ビジネス

中国万科、債権者が社債償還延期を拒否 デフォルトリ

ワールド

トランプ氏、経済政策が中間選挙勝利につながるか確信

ビジネス

雇用統計やCPIに注目、年末控えボラティリティー上

ワールド

米ブラウン大学で銃撃、2人死亡・9人負傷 容疑者逃
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
2025年12月16日号(12/ 9発売)

45年前、「20世紀のアイコン」に銃弾を浴びせた男が日本人ジャーナリストに刑務所で語った動機とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の展望。本当にトンネルは抜けたのか?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の脅威」と明記
  • 4
    現役・東大院生! 中国出身の芸人「いぜん」は、なぜ…
  • 5
    「前を閉めてくれ...」F1観戦モデルの「超密着コーデ…
  • 6
    世界最大の都市ランキング...1位だった「東京」が3位…
  • 7
    身に覚えのない妊娠? 10代の少女、みるみる膨らむお…
  • 8
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 9
    首や手足、胴を切断...ツタンカーメンのミイラ調査開…
  • 10
    トランプが日中の「喧嘩」に口を挟まないもっともな…
  • 1
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 2
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 3
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 4
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の…
  • 5
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 6
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 7
    キャサリン妃を睨む「嫉妬の目」の主はメーガン妃...…
  • 8
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア…
  • 9
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 10
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 5
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 6
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 7
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 10
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中