最新記事

アメリカ政治

ビル・クリントンの人種観と複雑な幼少期の家庭環境

2016年10月21日(金)12時04分
ニューズウィーク日本版ウェブ編集部

 ビルが正式な改姓をためらったのは、継父が重度のアルコール依存症であり、母・異父弟ともども継父に虐待された経験があったからだ。夫婦喧嘩で激高したロジャーがバージニアに向けて発砲し、弾丸は危うく近くにいたビルに命中しそうになったこともあったという。

 継父は洒落者でユーモアにあふれ、ハンサムだった。だが、彼は女癖が悪く、バージニアと結婚する前に2度の離婚歴があった。前妻アイナ・メイ・マーフィーもまた彼にひどい暴力を振るわれたと話していた。

 ロジャーには深刻な飲酒癖に加えて賭博癖もあり、乱痴気騒ぎを好む欠点もあった。ビルが改姓をためらったのは、だらしない継父への抵抗でもあった。

継父と母の離婚、再婚

 1953年、クリントン一家はホープを離れ、温泉保養地やカジノで有名な同じアーカンソー州のホット・スプリングス市近郊に農場を購入し移住した。だが、継父は農場での暮らしに適応することができず、一家は早々に農場を去ってホット・スプリングスの市街地に再度引っ越している。

 ビルがまもなく10歳になるとき、継父と母の間にビルの異父弟となるロジャー・クリントン2世が誕生する。だが、甲斐性がなく泥酔しては暴力をふるう亭主にバージニアは愛想を尽かしつつあった。1962年、バージニアはついに息子2人を連れて家を飛び出し、離婚する。

 しかし、ロジャーは更生する機会を与えてほしい、よりを戻してほしいと必死に懇願する。ロジャーは別れた妻子に復縁を迫って執拗に付きまとった。情にほだされ、バージニアはロジャーと再度結婚する決意を固める。

 だが、ビルはバージニアの決断に懐疑的だった。

耐え難い重荷

 ビルは仕事で不在がちな母親に代わって、異父弟の面倒をよく見た。ビルは周囲の子どもよりも常に大人びて見えたという。また、ビルは小学校のときにクラリネットの演奏をはじめ、その後サックスを吹くようになった。

 兄に比べ、ロジャー2世が虐待によって負った心の傷は深く、彼はのちに賭博や薬物に手を染め、薬物の違法売買で逮捕され、収監された。

 アメリカの有名政治雑誌『ポリティコ』の編集長で、クリントンの伝記を書いたこともあるジョン・ハリスは、この複雑な幼少期の家庭環境こそ、クリントンが私生活のトラブルや自分の思惑を包み隠し、利害の異なるものの間で仲介役としてうまく立ち回ろうとする政治家としての原体験であったと分析する。

 他方、幼少期の経験はクリントンの人格形成に暗い影を落とすことにもなり、後年クリントンが女性スキャンダルを引き起こす一因になったのではないかと考える者は多い。

 クリントン自身は、継父による家族の虐待について相談する者はなく、自身の内面深くに隠し持ってきた暗い秘密であり、耐え難い重荷であったとも述懐している。

 孤独と絶えず向き合うことがクリントンのアイデンティティ形成で重要な役割を果たしたと思われるが、半面、継父との歪んだ親子関係がクリントンの心理を複雑で葛藤に満ちたものにしたことは否定できないであろう。

※シリーズ第3回:93年、米国を救ったクリントン「経済再生計画」の攻防


『ビル・クリントン――停滞するアメリカをいかに建て直したか』
 西川 賢 著
 中公新書


今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ガザの砂地から救助隊15人の遺体回収、国連がイスラ

ワールド

トランプ氏、北朝鮮の金総書記と「コミュニケーション

ビジネス

現代自、米ディーラーに値上げの可能性を通告 トラン

ビジネス

FRB当局者、金利巡り慎重姿勢 関税措置で物価上振
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 2
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者が警鐘【最新研究】
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 5
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 6
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 7
    3500年前の粘土板の「くさび形文字」を解読...「意外…
  • 8
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2…
  • 9
    メーガン妃のパスタ料理が賛否両論...「イタリアのお…
  • 10
    なぜ「猛毒の魚」を大量に...アメリカ先住民がトゲの…
  • 1
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き詰った「時代遅れ企業」の行く末は?【アニメで解説】
  • 2
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 3
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山ダムから有毒の水が流出...惨状伝える映像
  • 4
    【独占】テスラ株急落で大口投資家が本誌に激白「取…
  • 5
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥ…
  • 6
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 7
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 8
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 9
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 10
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジ…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【クイズ】アメリカを貿易赤字にしている国...1位は…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中