最新記事

英EU離脱

英EU離脱の教訓:経済政策はすべての層のために機能しなければ爆弾に引火する

2016年7月11日(月)17時10分
ブレイディみかこ

 そしてスコットランド人でもある彼は、スコットランドも、自分たちの年間貿易額は対イングランドで460億ポンド、イングランドに関連した仕事の数は100万であるのに対し、対欧州大陸では年間貿易額120億ポンド、関連する仕事の数は25万であるという事実を冷静に受け止め、欧州と英国の双方の一部であることの恩恵をダブルで受けられるように立ち回るべきと書いている。

 内向きになったイングランドにはプログレッシヴなスコットランドはついて行けないわ、と短絡的に動かず、民の生活をまず考えろ。といぶし銀のブラウンは言っているようだ。

反緊縮派が止められなかった緊縮をブレグジットが止めるのか

 米ダートマス大の経済学の教授、デヴィッド・ブランチフラワー(2006年から2009年までイングランド銀行金融政策委員会の外部委員を務めた)は、反緊縮派が止められなかった保守党の緊縮財政をブレグジットが完全に終わらすことになるだろうと書いている。

 ポンドは急落、銀行、不動産、建設業の株価も急落、特にロンドンでの住宅価格の急落も不可避と言われ、リセッションの怖れが英国中を覆っている。マイケル・ゴーブとボリス・ジョンソンが率いた離脱派の勝利はすでに英国に100億ポンド以上の損失をもたらせたとも言われている。

 格付け会社S&Pは英国のEU離脱を「影響力の大きな出来事」と呼び、英国の格付けをAAAからAAに格下げ(2010年に本格的な緊縮財政への移行を宣言したとき、保守党政権はAAAだけは維持すると約束していた)、フィッチもAA+からAAに格下げ、バークレイズは2016年の第3および第4四半期のマイナス成長を予測している。クレディ・スミスも2017年の英国の成長率はこれまでの予想の2.3パーセントから-1.0パーセントに落ちると予想している。これを受け、すでにイングランド銀行のマーク・カーニー総裁は経済刺激策の必要性をほのめかしている。

 ブレグジット後の英国がリセッションに突入すれば、2020年までに財政均衡化を果たすと言ってゴリゴリの緊縮を進めてきたオズボーン財相の計画は持続不可能になる。社会の末端で餓死者が出ても、子供の貧困率を押し上げても、障害者の生活保障を極限以上に削減して国連の調査が入るというたいへん不名誉なことになってもひたすら財政均衡を目指した保守党の緊縮財政が、皮肉なことにブレグジットで終焉を迎える、と同教授は書いている。


これは緊縮という破滅的な実験の終焉だ。それは屈辱的な失敗に終わるだろうと私は最初から反対していた。
「もう(政府に)金は残されていないのだ」とあのときオズボーン財相は言った。もしあのときになかったのなら、いまは間違いなく何も残されていないだろう。彼自身が爆弾で吹っ飛ばしてしまったのだから。

出典:Guardian:"The Brexit vote will kill austerity" by David Blanchflower

 こうなるまでわからなかったのか、と思えば「緊縮は病気である」と言われるのも無理はない。

 だが、緊縮がいつかは引火する爆弾だとすれば、抱えていたのは英国だけではない。

 昨年、シリザ率いるギリシャが反緊縮の狼煙を上げてEUに反旗を掲げた時、欧州理事会議長ドナルド・トゥスクは「政治の季節」と言われた1968年のような反体制運動や革命が欧州全土に広まるのではないかと懸念していたという。EUはギリシャを抑えることには成功した。だが、不満を抱えた爆弾は欧州にはいくつも転がっている。

[執筆者]
ブレイディみかこ
在英保育士、ライター。1965年、福岡県福岡市生まれ。1996年から英国ブライトン在住。2016年6月22日『ヨーロッパ・コーリング 地べたからのポリティカル・レポート』(岩波書店)発売。ほか、著書に『アナキズム・イン・ザ・UK - 壊れた英国とパンク保育士奮闘記』、『ザ・レフト─UK左翼セレブ列伝 』(ともにPヴァイン)。The Brady Blogの筆者。

※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

アングル:フィリピンの「ごみゼロ」宣言、達成は非正

ワールド

イスラエル政府、ガザ停戦合意を正式承認 19日発効

ビジネス

米国株式市場=反発、トランプ氏就任控え 半導体株が

ワールド

ロシア・イラン大統領、戦略条約締結 20年協定で防
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさかの密航者」をCAが撮影...追い出すまでの攻防にSNS爆笑
  • 3
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 4
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 5
    感染症に強い食事法とは?...食物繊維と腸の関係が明…
  • 6
    フランス、ドイツ、韓国、イギリス......世界の政治…
  • 7
    オレンジの閃光が夜空一面を照らす瞬間...ロシア西部…
  • 8
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者…
  • 9
    「ウクライナに残りたい...」捕虜となった北朝鮮兵が…
  • 10
    強烈な炎を吐くウクライナ「新型ドローン兵器」、ロ…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 5
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 6
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 7
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 8
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 9
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 10
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 7
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 10
    「腹の底から笑った!」ママの「アダルト」なクリス…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中