最新記事

スタンフォード大学 集中講義

「解決策を100個考えなさい」とティナ・シーリグは言った

2016年2月26日(金)14時48分

 ジョシュ・グローバンは、こう言っています。「思いどおりの曲ができると今日は良い日だ、と思う。でも、思いもかけない良い曲ができたりすると、今日は最高だと思うんだ」。ほんとうに革新的なものをつくろうと何時間も集中し、壁を乗り越えたからこそ、そうしたことが起きるのだと、ジョシュは知っています。ツアー中は、毎回二時間の公演を最高のものにすることに集中し、時間も心もそれに捧げる、とも語っています。

 スタンフォードでも、学生自身が考える限界を乗り越えるような課題を出して、チームで取り組んでもらっています。まず、三週間かけて一〇〇個のアイデアを出し、一番気に入ったものを選んでもらいます。プロトタイプをつくり、それに対する意見や感想をユーザーから集め、気づいたことを授業で発表してもらいます。その後で、もう一度、最初からやり直すよう命じるのです。

 学生の表情がすべてを物語っています。ショックと苛立ちを隠せません。この期に及んで元に戻れというのは、罰を与えられたように感じるのでしょう。ですが、最初からやり直せるのは、じつはチャンスなのだとわかると、苛立ちは消え、受け入れる気になります。一通り最後まで経験したことで、第一弾のアイデアは出揃っていますし、ユーザーからの貴重なフィードバックも手元にあります。振り出しに戻ることで、さらに良いものにするチャンスを手にしているのです。こうして学生はもう一度、課題に没頭します。そして二週間後には、アイデアもプレゼンテーションも各段に良くなっているのです。

 やり直しを命じられて最初はしぶしぶ受け入れていた学生も、二回目が終わる頃になると、やり直せてよかったと思うようです。アイデアもプロトタイプもプレゼンテーションも、最初のものは詰めが甘く、まだまだ改良の余地があることを心のどこかでわかっているのです。コースの終了時には、一番楽しかった課題として、やり直しさせられたこの課題を挙げる学生が少なくありません。自分ができたと思う時点で満足せず、最高の成果を追い求めることの大切さを学んだ、と学生は言います。コースの期間がもっと長ければ、私はおなじ課題を何度も繰り返して出すでしょう。繰り返すたびに、波のように新たなアイデアやひらめきが湧いてきて、より良い成果につながるのですから。

◇ ◇ ◇

 無から有を生み出すクリエイティブな行為である起業には、不屈の精神――すなわち粘り強さ――が必要だと、シーリグは言う。「前例のない大胆なアイデアは徹底的に叩かれ、死の寸前まで追い詰められるもの」であり、それに屈することなく「長期にわたってやり続けられるイノベーターだけが、成功することができる」というのだ。

【参考記事】起業家育成のカリスマに学ぶ成功の極意

 シーリグによれば、思い描く未来にたどり着くために必要なことは3つある。第一が起業家的な心構えで、それは世界各国でベストセラーとなった著書『20歳のときに知っておきたかったこと』(高遠裕子訳、三ツ松新解説、CCCメディアハウス)にまとめたという。第二は、問題を解決し、チャンスを活かすためのツール。それは2作目の著書『未来を発明するためにいまできること』(高遠裕子訳、三ツ松新解説、CCCメディアハウス)で取り上げた。

 そして第三に必要なのが、ひらめきを形にするためのロードマップだ。最新刊『スタンフォード大学 夢をかなえる集中講義』のテーマである。

 本書に収められたさまざまなエピソードをいくつか抜粋し、シーリグのメッセージと共に紹介した本シリーズは、今回で最終回となる。

※スタンフォード大学 集中講義(1):悪行をやり尽くした末、慈善活動家になった男の話
※スタンフォード大学 集中講義(2):レゴ社の「原点」が記されていた1974年の手紙
※スタンフォード大学 集中講義(3):ある女性の人生を変えた、ビル・ゲイツがソファに座った写真
※スタンフォード大学 集中講義(4):やる気の源を尋ねたら、その会社は数か月後に行き詰まった
※スタンフォード大学 集中講義(5):プライベートジェットで「料金後払いの世界旅行」を実現する方法

<*下の画像をクリックするとAmazonのサイトに繋がります>


『スタンフォード大学 夢をかなえる集中講義』
 ティナ・シーリグ 著
 高遠裕子 訳
 三ツ松 新 解説
 CCCメディアハウス


『20歳のときに知っておきたかったこと
 ――スタンフォード大学 集中講義』
 ティナ・シーリグ 著
 高遠裕子 訳
 三ツ松 新 解説
 CCCメディアハウス


『未来を発明するためにいまできること
 ――スタンフォード大学 集中講義II』
 ティナ・シーリグ 著
 高遠裕子 訳
 三ツ松 新 解説
 CCCメディアハウス

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

イスラエルがイラン再攻撃計画か、トランプ氏に説明へ

ワールド

プーチン氏のウクライナ占領目標は不変、米情報機関が

ビジネス

マスク氏資産、初の7000億ドル超え 巨額報酬認め

ワールド

米、3カ国高官会談を提案 ゼレンスキー氏「成果あれ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    懲役10年も覚悟?「中国BL」の裏にある「検閲との戦い」...ドラマ化に漕ぎ着けるための「2つの秘策」とは?
  • 2
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 3
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリーズが直面した「思いがけない批判」とは?
  • 4
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦…
  • 5
    「何度でも見ちゃう...」ビリー・アイリッシュ、自身…
  • 6
    70%の大学生が「孤独」、問題は高齢者より深刻...物…
  • 7
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 8
    中国最強空母「福建」の台湾海峡通過は、第一列島線…
  • 9
    ロシア、北朝鮮兵への報酬「不払い」疑惑...金正恩が…
  • 10
    ウクライナ軍ドローン、クリミアのロシア空軍基地に…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 4
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 5
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 6
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 7
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 8
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 9
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 10
    身に覚えのない妊娠? 10代の少女、みるみる膨らむお…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 7
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 8
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 9
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 10
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中