悪行をやり尽くした末、慈善活動家になった男の話
「情熱は後からついてくる」――米名門大学で教えられている人生を切り拓く起業家精神の教え(1)
人生は変えられる スタンフォード大学での講演で、「惨めで、最低の人間」だった過去と決別し、世界の8億人に清潔で安全な飲料水を届けるべく慈善団体を立ち上げた経験を語るスコット・ハリソン Stanford eCorner-YouTube
2010年3月に日本で刊行された『20歳のときに知っておきたかったこと』(高遠裕子訳、三ツ松新解説、CCCメディアハウス)という本がある。スタンフォード大学の起業家育成のエキスパート、ティナ・シーリグが「人生を変える方法」を指南した同書は、日本だけで32万部を売り、世界各国でベストセラーとなった。
このたび刊行されたシーリグの新刊『スタンフォード大学 夢をかなえる集中講義』(高遠裕子訳、三ツ松新解説、CCCメディアハウス)には、こんな男が登場する。タバコに酒、コカイン、ギャンブル、ポルノにストリップ通いと悪行をやり尽くしたが、改心し、世界の8億人に安全な飲料水を届けようと慈善団体を立ち上げる男だ。シーリグはこの男の話から、こんな教訓を提示している――「情熱は後からついてくる」。
以下、同書の「第I部 想像力」から抜粋する。
スコット・ハリソンの生活はすさんでいました。ナイトクラブのプロモーターとして、客を集めては泥酔させるという生活を一〇年以上続けていましたが、ある日、どうしようもなく惨めな気持ちに襲われます。自分は「がれきの山」を築いてきたのだとしか思えませんでした。スタンフォード大学での講演で、つぎのように語っています。
二八歳までに、夜の世界に付き物の悪行はやり尽くしました。毎日マルボロを二箱半吸い、酒は浴びるように飲みました。コカインやMDMAにも手を出しました。ギャンブルに狂い、ポルノに狂い、ストリップクラブ通いが止められない。一〇年もこんな生活を続けて、よくも真っ当な人間に戻れたものだと思います。
南米のプンタデルエステに滞在していたとき、突然、自覚したんです。僕は自分が知っている人間のなかでいちばん惨めで、そのうえ最低の人間だと。僕以上に自己中心的で、滅茶苦茶な人間はいない。何を残したかと言えば、パーティを開いては客を酔っぱらわせただけの人間としての評判しかない。僕は、あちこちにがれきの山をつくってきたのだと気づいたのです。
そんな生き方に嫌気が差したスコットは、すべてを変えなければという思いに駆られます。「いまとは一八〇度違う生活とは、どんなものだろう」――何週間もそう考えた末に行き着いた答えは、困った人たちを助ける、ということでした。
そこで、慈善団体をいくつもリストアップし、ボランティアとして働かせてほしいと頼みましたが、ことごとく断られます。およそ人のために汗を流せる人間には見えなかったのです。それでもめげずに門を叩き続け、ついに受け入れてくれる組織に巡り合います。世界の最貧国を病院船で巡回し、無料で医療サービスを提供する非営利組織(NPO)、マーシー・シップでした。旅費を本人が負担すればボランティアとして採用するといわれたスコットは、このチャンスに飛びつきました。
マーシー・シップでは、二週間を一クールとし、ボランティアの医師が外科手術や薬の処方を行ないます。スコットが乗船した船の行き先は、西アフリカのリベリア。フォトジャーナリストとして、医療サービスを受けた患者の話をまとめる仕事を任されました。この経験でスコットは、苦しむ人たちの世界をほんとうの意味で知ることになります。ひどい疾患に苦しむ人たちに数多く出会いましたが、その多くはバクテリアや寄生虫、下水などで汚染された飲料水が原因でした。スコットが撮った写真には、清潔な水が手に入らないために体を壊した若者や老人の悲惨な姿がありました。
この問題をなんとかしなければいけない、自分にできることは何だろう。考え抜いた末、ニューヨークに戻ったスコットは二〇〇六年、世界の八億人に清潔で安全な飲料水を届けることを目標に、NPOのチャリティー・ウォーターを設立します。クラブのプロモーターとして身につけたスキルを生かし、世界中の人々から支援を得るべく駆けずり回りました。有名企業の幹部も相次いで支援を約束し、彼らがその影響力を使ってさらに支援の輪を広げてくれました。チャリティー・ウォーターの戦略は単純明快です。地元の組織と相談しながら清潔な水が出そうな場所を探して井戸を掘り、雨水を貯めておく装置をつくり、砂や泥を濾過するシステムを構築していきます。