最新記事

アジア

タイ「恩赦ごり押し」法案の大誤算

亡命中の兄タクシンの帰国・復権に道をつけようとしたインラック首相の甘すぎる皮算用

2013年12月2日(月)16時59分
スティーブ・フィンチ(ジャーナリスト)

噴出する怒り 恩赦法に抗議してバンコクの民主記念塔に集まった人々(11月4日) Kerek Wongsa-Reuters

 タイのインラック・シナワット首相は11年の総選挙で勝利したとき、繁栄と国民の和解を目指すとフェイスブックで誓った。だが、今の情勢では目標達成はとても望めない。

 インラックは汚職などの罪で実刑判決を受けて国外逃亡中の兄タクシン・シナワット元首相の帰国・復権につながる包括的な恩赦法の成立を目指した。しかし上院審議を目前にした11 月5日、首都バンコクで少なくとも1万人が集会とデモに参加するなど抗議のうねりが広がった。

 インラックは「国民が許すことを学べば、この国は前進する」と訴えたが、騒ぎは収まらず、政治危機の再燃が懸念される事態になった。国民の怒りに押される形でインラックは7日、「恩赦法案は終わった」と宣言。法案を全面的に撤回した。

 タクシン派と反タクシン派の対立がタイ政治を混迷に陥れてから7年余り。インラックの4年の任期も半ばを過ぎたが、混乱収束の兆しは見えない。恩赦法阻止では、反タクシン派のアピシット前政権で副首相を務めた野党民主党のステープ・トゥアクスパン議員が旗振り役となり、バンコクの民主記念塔に多数の市民が結集した。

 恩赦法が成立すれば、タクシンの資産460億バーツ(約1448億円)の凍結が解除される可能性もあった。バンコクのビジネス街シーロム地区ではビジネスマンたちが法案に抗議して目抜き通りを封鎖。株式市場も混乱に嫌気し、4日の取引終了時点ではタイ企業の時価総額のうち7億7675万バーツ(約24億4400万円)が泡と消えた。抗議の声が全土に広がるなか、タイの名門大学25校をはじめ、多くの民間機関も法案に抗議する声明を発表した。

不毛な報復合戦が続く

 インラック政権と与党タイ貢献党が法案をごり押ししようとしたことが、タクシン派の強力な支持基盤に修復不能なダメージを与えた可能性もある。最貧地域であるタイ北東部はタクシン派の牙城で、11年の総選挙ではタイ貢献党が圧勝した。だが、この地域で最近実施された世論調査では、恩赦法に反対する人は46・6%に上り、賛成派は31・6%にすぎなかった。

 恩赦法は下院では11月1日に野党のボイコットを押して強行採決され可決した。このとき与党議員は全員賛成票を投じたものの、内心では反対の議員も多かった。実際タクシン派の中心的な実動部隊「赤シャツ隊」はこの法案に反対し、下院での採決を前にタクシンの「適切な」復帰を望むと声明を発表。恩赦で罪を水に流すことを暗に批判した。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

アングル:もう賄賂は払わない、アサド政権崩壊で夢と

ワールド

アングル:政治的権利に目覚めるアフリカの若者、デジ

ワールド

尹大統領の逮捕状発付、韓国地裁 本格捜査へ

ワールド

アングル:フィリピンの「ごみゼロ」宣言、達成は非正
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 3
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさかの密航者」をCAが撮影...追い出すまでの攻防にSNS爆笑
  • 4
    感染症に強い食事法とは?...食物繊維と腸の関係が明…
  • 5
    女性クリエイター「1日に100人と寝る」チャレンジが…
  • 6
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 7
    フランス、ドイツ、韓国、イギリス......世界の政治…
  • 8
    失礼すぎる!「1人ディズニー」を楽しむ男性に、女性…
  • 9
    オレンジの閃光が夜空一面を照らす瞬間...ロシア西部…
  • 10
    本当に残念...『イカゲーム』シーズン2に「出てこな…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 5
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 6
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 7
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 8
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 9
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 10
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 7
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 10
    「腹の底から笑った!」ママの「アダルト」なクリス…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中