フィギュアスケートは究極のマゾ競技
唯一の心の慰めは、若き日のすべてを競技にかけて報われかなった人が、私以外にも大勢いることだ。こんな不満だらけの話を聞くと、私が競技人生で何を学んだのかと疑問に思うかもしれない。
私が学んだのは、オリンピック選手も普通の人間だということだ。ただし、彼らはその他大勢の人々よりほぼあらゆる面で秀でている。「もっと上」をめざし、怪我をしても気にしない。発達した筋肉をもち、健康そのもの。努力が報われる保証もないのに、何年もの間、毎日スケートに打ち込んでいる。
試合当日のパフォーマンスも見事だ。落ち着いた態度で、笑顔さえ見せる。さらに、彼らには目に見えない不思議な才能もあるのかもしれない。それが何なのか、私にはわからなかったが。
私が練習で手に入れた唯一の宝物は、形のいいふくらはぎの筋肉だ。金メダルや銀メダル、銅メダルと同じく、この残念賞も手に入れるには大変な努力が必要で、驚くほど長期に渡って効果を発揮する。
最後に、こんな私がバンクーバー・オリンピックをテレビで観戦していると思う? もちろん。テレビの前で負け惜しみをつぶやきながらも、心の底からアメリカ選手に声援を送っている。
(筆者はNY在住で、フィギュアスケートのコーチとフリーランスライターを兼務している)
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