ロックンロールの帝王を捨てた女性の物語、映画『プリシラ』が描くエルヴィスへの愛と別れ
Living With Elvis
始まりを予感させる結末
回想録でプリシラは、アルバムの選曲に意見を求められたときの顚末を語った。
マネジャーのトム・パーカーやレコード会社が送ってくる候補曲をいくつ聞いてもピンとこず、エルヴィスはいら立ちを募らせていた。
ようやく気に入った1曲を、プリシラが「キャッチーさ」が足りないと批評。エルヴィスは激高し椅子を投げ付けた。彼女は椅子をよけたが、上に積んであったレコードが顔を直撃した。エルヴィスは謝ったものの、プリシラは彼が感情の揺れを人を操る道具にしていることに気付いた。『ザ・シンガー』もこの一件を取り上げたが、焦点はエルヴィスのいら立ちに当てられた。彼が椅子を投げるのではなくフロアランプを床に倒すと、プリシラが駆けより「我慢しちゃだめ。吐き出して」と慰めるのだ。
コッポラは暴力を原作よりもトーンダウンさせ、プリシラはけがをしない。それでもこの場面はエルヴィスの感情よりプリシラの身体的なもろさを前面に出し、椅子が壁にぶつかる瞬間、彼はスクリーンに映ってさえいない。
攻撃はかわすのが一番だと、プリシラは悟る。妊娠中にいきなり別居を提案されても逆上せず、「いつまでに出ていけばいい?」と尋ねて席を立つ。するとエルヴィスは、慌てて彼女を引き留める。
1977年にエルヴィスが死去してからプリシラは50年近く生きてきたが、映画は彼の死と共に終わるのが常だ。
だが『プリシラ』は彼女が夫を捨てた時点で、幕を閉じる。プリシラが離婚を切り出し立ち去る場面を最後に、エルヴィスは登場しない。
プリシラは独りで荷物をまとめ、車を運転してグレースランドから出ていく。物語の終わりだけでなく、始まりを予感させるシーンだ。
ラーマンと同様、コッポラは破局をドリー・パートンの代表曲「オールウェイズ・ラブ・ユー」に託した。これはエルヴィスがカバーしたがったが、著作権の半分をよこせというパーカーの法外な要求をパートンが拒んだために実現しなかった因縁の曲だ。『エルヴィス』では最後の別れ際に、彼がサビの歌詞「永遠に君を愛す」をささやく。『プリシラ』では愛だけでなく別れを誓うくだりも流れる。プリシラがグレースランドを去るシーンで、パートンは歌う。「ほろ苦い思い出だけを持って、私は出ていく」と。
プリシラは自分のために独りになることを選んだ。エルヴィスへの愛は永遠でも。
PRISCILLA
『プリシラ』
監督/ソフィア・コッポラ
主演/ケイリー・スピーニー、ジェイコブ・エロルディ
日本公開は4月12日
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