テニス女王ウィリアムズ姉妹の栄誉を、父が横取り? 映画『ドリームプラン』の功罪
Venus and Serena Sidelined
しかし、その隣人は、長時間練習が姉妹を世界チャンピオンにするための78ページの計画書の一環であることを知らない。そして、最終的に2人がプロテニスプレーヤーとして大成したことを知っている観客は、リチャードが正しかったと認めざるを得ない。
『ドリームプラン』は、ウィリアムズ姉妹の成功が全てリチャードの功績だと決め付けているわけではない。母親のオラシーン(オンジャニュ・エリス)の役割も描かれる。
最初、コーチのコーエンがビーナスの指導を無償で引き受ける一方で、セリーナの指導を断ったときのこと。リチャードに命じられたオラシーンは、セリーナを近くのテニスコートに連れて行って指導した。セリーナは姉のビーナスと離れて練習を重ねるうちに、自分のプレーに自信を深め始める。
この母娘のエピソードは、一家を挙げて2人の娘を世界チャンピオンに押し上げようとするリチャードの情熱を肯定する材料と位置付けられている。しかし、現実はそんなに単純ではない。
要するに「ウィル・スミスの映画」
やがてリチャードは、ビーナスとセリーナに大物コーチ、リック・マッチの運営するテニスアカデミーでトレーニングを積ませるために、一家でフロリダ州に移住する。これ以降、オラシーンはだんだん脇役に押しやられていく。
そうしたなかで、あるときオラシーンは娘の指導方針をめぐり、リチャードと激論を交わす。そのオラシーンの姿に見る者は胸がすく思いがする半面、やり切れない思いを一層募らせずにいられない。
リチャードは娘たちにオープンスタンスでボールを打ち返すよう指導し、それが2人の成功の理由だと主張していた。しかし、オラシーンがこのとき指摘したように、このプレースタイルを考案したのはオラシーンだったのだ。
オラシーンは、娘たちがテニス選手として頭角を現していくプロセスに常に貢献し続けていた。ただ、ビーナスと同じように、あまり強い自己主張をしなかっただけだ。
この映画は父親を主人公に据えることにより、姉妹から勝利の栄光を奪い、自分たちの原点を描く物語のはずなのに姉妹に「脇役」を演じさせている。
女性が偉大な業績を成し遂げたにもかかわらず、その女性自身の主体性を否定するような描写は、あまりに残念だ。しかし、男性脚本家と男性映画監督(インタビューでたびたびシングルファザーだった父親への感謝の思いを語っている)が作った映画であることを考えると、これは意外でないのかもしれない。
『ドリームプラン』は、要するに「ウィル・スミスの映画」だ。スミスほどの大物俳優が出演し、宣伝にも一肌脱いでくれるとすれば、その登場人物を悪党のように描くはずがない。事実がどうであろうと、その人物がヒーローと位置付けられることになる。
本当のヒーローは、ビーナスとセリーナのはずなのだが。
KING RICHARD
『ドリームプラン』
監督╱レイナルド・マーカス・グリーン
主演╱ウィル・スミス オンジャニュ・エリス
日本公開は2月23日