エンジェル・オルセンが語る、音楽業界とコロナ
Angel Olsen Goes It Alone
さまざまなジャンルの音楽を取り入れるのが楽しいとオルセンは言う KYLIE COUTTS
<ツアーをキャンセルして新アルバムを出した彼女の胸の内>
米南部の街ノースカロライナ州アッシュビル。この街に住むシンガーソングライターのエンジェル・オルセン(33)が7月半ば、オンライン・コンサートを開いた。
本当はそんな計画ではなかった。多くのミュージシャンと同じように、オルセンも夏はツアーに出ると決めていた。昨年10月に発表した4枚目のアルバム『オール・ミラーズ』を引っ提げて、全米各地を回るのだ。そこにコロナ禍がやって来た。
赤レンガが美しいアッシュビル・メソニック・テンプルのステージに登場したオルセンは、ギター1本でマイクの前に立ち、観客のいない客席に向かって歌い始めた。
透明感があるのに力強いポーカル、フォークっぽいメロディーラインが出てきたかと思えば、ジャズ調の燃えるようなバラードを歌い上げ、あるときはロックスターのようにギターをかき鳴らす。
それなのに、ちぐはぐな印象を与えない魔法のようなパフォーマンスは、デビュー以来10年間、ファンと評論家の心をがっちりつかんできた。歴史あるエレガントな会場も相まって、そのコンサートはどこか幻想的で、ミュージックビデオのようだった。
バンドなしのソロ演奏は、8月28日にリリースされる最新アルバム『ホール・ニュー・メス』にも共通するスタイルだ。その収録11曲のうち9曲が、『オール・ミラーズ』に収録された曲の別バージョンとなっている。
ただし、制作された時期は『ホール・ニュー・メス』の9曲が先だった。当初はギターとボーカルだけのデモテープで、それに肉付けをして先にリリースされたのが『オール・ミラーズ』だった。
「『オール・ミラーズ』のアレンジは好きだけど、ライブでソロ演奏してみたら、全く違う感じになった」と、オルセンは語る。「『オール・ミラーズ』はシンセが効いていて、とてもゴスっぽい。その仕上がりには満足している。多くの曲は気がめいるような暗い気分のときに書いたから」
技術的なアレンジをそぎ落とし、オルセンの「生の声」がギターと絡み合う『ホール・ニュー・メス』のサウンドは、2011年のデビュー作『ストレンジ・キャクタイ』に似ている。「自宅で1人でレコーディングした『ストレンジ・キャクタイ』のような感じになった。あのときも、横であれこれ意見を言う人がいない、完全に自分だけの世界で制作した」
聴き手の胸に迫る歌詞
14年のセカンドアルバム『バーン・ユア・ファイア・フォー・ノー・ウィットネス』以降、オルセンのサウンドには広がりが出てきた。バックバンドが加わっただけでなく、スタイルも多様になった。16年の『マイ・ウーマン』はインディーロックアルバムとも言えるし、『オール・ミラーズ』はアートポップのテイストが感じられる。
「(バンドが加わると)サウンドに厚みが出ることはとても気に入っている」と、彼女は言う。「でも、ちょっと変わったものを作って、それを歌詞とギターだけで表現するのも楽しい。バンドと一緒だと私の歌い方も変わるし、どこかもろさを感じさせるサウンドも変わる。そのほうがいいこともあるけれど、最近はもろさを含むサウンドが懐かしいと思っていた」
『ホール・ニュー・メス』に収録されている曲は、恋人と別れてつらかった時期に書いたという。友達からインスピレーションを得た曲もある。レコーディングは18年秋に、西海岸のワシントン州にある教会を改造したスタジオで行われた。プロデューサーを務めたのはオルセン自身と、『マイ・ウーマン』にエンジニアとして参加していたマイケル・ハリスだ。
「(ハリスとは)いつもとてもディープな話をする。世界について、それから人生やスピリチュアリティーについて。自然に囲まれて暮らすのと、都会で暮らすのはどちらがいいかも話したりする」と、オルセンは笑う。「彼と一緒だと、落ち込んでいる自分のことを安心して分析できた」
2人はソロパフォーマンスに音を重ねることを考えたが、結局はオリジナルに近い状態のままにすることにした。その後、オルセンはアッシュビルに戻り、凝ったアレンジを施した『オール・ミラーズ』の制作に取り掛かった。
「あのとき書いた曲には、いろいろなアレンジのポテンシャルがあると思っていた。その結果、すごいものができた」と、オルセンは言う。「でも、デモテープのような、ぎこちなさのあるバージョンも残しておきたかった」