外国人の「コロナ解雇」で仕送りの途絶えた出身国に大不況が伝播する
The Fear of Reverse Migration
会社の一室で礼拝をするバングラデシュからの労働者(ベイルート近郊) MOHAMED AZAKIRーREUTERS
<経済環境が急変したぺルシャ湾岸諸国の失業率は13%に上昇する見通し。その最大の痛みを被るのは出稼ぎ労働者になるだろう>
レバノン人は、犬の散歩も、家の掃除も、トイレから出たときタオルを取ってもらうのも、エチオピア人労働者を使ってきた。一方、石油で潤うぺルシャ湾岸6カ国では、車の運転手やスタジアムの建設作業員、それに石油掘削作業員をインドなど南アジア出身者が占めてきた。
こうした出稼ぎ労働者は、たいてい過重労働と過少賃金を強いられている。それでも、故郷の家族に送金するため、彼らは苦しみに耐えてきた。
だが、新型コロナウイルス感染症のパンデミック(世界的大流行)は、この経済モデルを破壊しつつある。長期に及ぶロックダウン(都市封鎖)と、それによる景気悪化で、中東諸国にいる出稼ぎ労働者の多くが、仕事を失うか、無給で一時帰休にされている。
その結果、既に貧困と高失業率にあえぐ自国に帰ることを余儀なくされる人は多い。この出稼ぎ労働者の逆流が、労働者自身と彼らの出身国、そして出稼ぎ先の国に大きなダメージを与えることを、専門家は危惧している。
出稼ぎ労働者が中東諸国で稼いだ賃金は、故郷の家族の開業資金、年老いた親に家を買う資金、子供の学費などの形で出身国の経済を潤している。彼らの失業でその送金が断たれれば、出身国の消費がしぼみ、地元経済が打撃を受けるのは必至だ。
世界銀行は4月の報告書で、出稼ぎ労働者による低・中所得国への送金額は、今年、20%落ち込むとの予測を示した。リーマン・ショック後の大不況のときでさえ5%減だったから、今回の落ち込みはそれをはるかに上回りそうだ。
レバノン人の家庭で働くエチオピア人労働者は、とりわけ厳しい状況に追かれている。6月のある日、25歳のババカロ(仮名)は、泣きながら首都べイルートのエチオピア大使館前に座り込んでいた。その横には、身の回り品を急いで詰めたスーツケースが2つ。
ピンクのゴムで髪を束ね、「アイ・ラブ・ユー」と書かれた黒いTシャツを着たバカロは、何の説明もないまま、雇い主に大使館前に置き去りにされたのだという。しかも前月の賃金は未払いで、パスポートも取り上げられたまま返してもらっていない。
バカロが知るだけでも、ここ数カ月に同じような扱いを受けた家庭内労働者が数人いる。自ら命を絶った女性もいるようだ。「1日16時間働いてきたのに」と、バカロが涙に暮れると、大使館前にいたほかの女性たちが慰めた。
それでもコロナ禍が終われば、再び雇ってもらい、未払いの賃金を払ってもらえるかもしれないと、バカロは雇用主の名前を明かそうとしなかった。月300ドルの稼ぎは、エチオピアにいる家族の大きな支えになっていたのだ。
レバノン経済は、コロナ禍でその崩壊が加速する前からひどい状態だった。だが、米ドルと固定相場制を取っていた通貨レバノンポンドが今年、対ドルの闇レートで80%も下がると、多くのレバノン人が家庭内労働者を解雇し始めた。
レバノンだけではない。近隣の産油国でも、出稼ぎ労働者が大量に解雇されている。