不安と恐怖以外にみんなで共有できるもの──フィオナ・アップルが自宅で歌う隔離と解放
The Unofficial Album of the Pandemic
いくつもの戦いを経験してきたアップルがまっとうな怒りを歌う GARY MILLER/GETTY IMAGES
<『フェッチ・ザ・ボルトカッターズ』は8年ぶりにリリースされたコロナ時代のアルバムだ>
フィオナ・アップルは、家に閉じ籠もって暮らす私たちを解放しようとしているのかもしれない。
8年ぶりのアルバム『フェッチ・ザ・ボルト・カッターズ』に収められた曲の大半は、自宅でレコーディングされた。そこらにある家庭用品をたたいて音を出しているように聞こえたり、犬や猫の鳴き声が入り込んだり、隣家の音らしきものが聞こえてきたり。
このアルバムのテーマは、隔離とそこからの脱出だ。独りぼっちでいるときも、世界は思いのほか近い場所にあるのだと教えてくれる。
『フェッチ・ザ・ボルト・カッターズ』というタイトルは、イギリスの刑事ドラマのセリフから取っている。ほかにもテレビ番組から着想を得た収録曲がある。アップルは過去8年間にわたり、この1カ月間の私たちと同様、家でテレビを見て過ごしていたようだ。
アップルはこのアルバムで、子供時代のいじめや仲間外れの経験などを歌っている。ただし、単に過去への恨みを述べているだけではない。アップルは、全てをひととおり経験しない限り、過酷な日々の出口に到達できないと学んだ。そして、数十年の年月を経て、その出口に向けた彼女の旅は始まったばかりに思える。
家に招かれたような感覚
1年前からアルバムのリリースが示唆されていたのだから、最近盛り上がりを見せている「隔離アート」の1つと位置付けるのは妥当でない。それでも、多くのアーティストが作品の発表を延期するなかで、今『フェッチ・ザ・ボルト・カッターズ』をリリースしたことには、意図があるようにも思える。
現在のような非常時には、いくつもの戦いを経験してきたアップルが過去の戦いを振り返り、まっとうな怒りを吐き出す作品を聴くと、不思議な安心感がある。
不特定多数の人間が同じ空間でアートを楽しむことは、ほぼ不可能になった。このアルバムは、そうした時期に、不安と恐怖以外にみんなで共有できるものが欲しいという欲求を満たす作品でもある。
歌詞と同じくらい印象深いのがサウンドだ。閉ざされた空間で収録されたことが伝わてくる半面、楽器の周りに存在する空間もはっきり感じ取ることができる。