コロナ後、深圳の次にくるメガシティはどこか──「プロトタイプシティ」対談から
伊藤 もともとは、基盤的技術、中間技術、特殊技術がすべてそろうフルセット型産業構造が日本には存在していました。フルセット型産業構造とはなにかというと、鉄鉱石という原料を輸入すれば、後は日本国内ですべて加工できる。原材料さえあれば自動車や機械といった最終製品まで完成できる、というイメージです。
プラザ合意以後、円高によって日本の人件費が上がります。耐えられなくなった、付加価値の低い分野から順にアジアに移転していき、フルセット型産業構造から国境を越えたサプライチェーンの活用へと移行していきますが、一九九三年の時点でこのような未来を見通した名著です。
関が示したとおり、製造業は韓国や台湾、東南アジアを経由して、最終的には中国に集まっていく。エレクトロニクスに関しては、深圳が長期にわたって移転の終着点の座を守り続けたため、膨大な産業集積が実現しました。
山形 関の示した図で面白いのが、ある製品から別の製品への転換です。図ではA財からB財への移行として描いています。特殊技術に関しては、別の製品を作る際には総取っ替えというか、応用できる部分がほとんどありません。中間技術は半々程度、基盤的技術はほとんど使える、というわけです。
キャッチアップ型工業化では、新興国が応用の利く基盤的技術をどれだけ育てられるかが工業化実現の要因になったわけです。深圳でも、藤岡淳一の言う二重構造エコシステムの外周部には無数の中小零細企業がいて、基盤的技術を担っている。その基盤的技術の蓄積が、ドローンやアクションカメラなどの新製品を、安価かつ超高速で作れる土壌になっているわけです。
深圳は、ハードウェアの三角形がしっかりしています。さらに、深圳の周囲にも補完的な産業集積があります。東莞(ドングワン)市に金型加工、深圳市に設計、広州市に自動車と関連産業など、珠江(ジユージヤン)デルタにはしっかりとした技術的基盤があります。
さらに、ソフトウェアエンジニアリングの裾野(すその)も広い。ものづくりの三角形がしっかりある上で、デジタルの三角形があるのはきわめて希少です。IoTを筆頭に、ハードウェアとソフトウェアの連携がかつてないほどに求められている時代において、きわめて大きなアドバンテージです。
もう一つ、産業基盤が必要だと考える理由があります。デジタル技術とは、ソフトウェアを作る狭義の技術以外に、広義のデジタル技術があります。それは、新たなテクノロジーによって既存の産業を作り替え、効率化するものと言い換えてもいいでしょう。ブランディングやマーケティング、原材料・部品調達、アウトソーシング工場のサーチコスト低下、物流コストの減少など、デジタル化は、今やきわめて多くの産業分野に影響を及ぼしています。製造工程にしぼったとしても、各種の自動化やロボットの導入などによる効率化は、業界を大きく変えています。
広義のデジタル化、つまり既存産業の効率化を行うためには、当たり前の話ですが、既存産業がないと成り立ちません。今まで何も産業がなかったところに生まれることはないわけです。そう考えると、深圳のように製造業の基盤があったから合理化の余地、イノベーションの可能性があったとも考えられるわけです。