伊サルデーニャ島に100歳人が多い理由 島の羊飼いが70年続けている習慣、食生活とは?
それから一週間後、私はやっと屋外でトニーノを探し当てた。彼は自宅裏手の小屋で牛を屠殺したところで、両手を肱のところまで突っ込んでいた。背が高く、胸板も厚い。彼はまだ暖かい肉塊から拳を引き抜き、血だらけの湿った手で、私の手を万力で締め付けるように力強く握った。
そして「おはよう」とだけ言うと、また両手を肉塊に突っ込み、ぬるぬると光る何メートルもの長い腸を引っぱり出した。冷えびえとした一一月の朝、九時四五分だった。
トニーノは午前四時に起き出し、羊を野外に連れ出し、木を切り倒し、オリーブ畑で枝木のトリミングをすませ、牛に餌をやり、この一歳半の子牛を解体している。内臓を取り出し終えた残りの皮は、羽根を広げたような形で横木に掛けられた。家族の面々も、周りに集まっている。
子牛を間引いて一家の食肉をまかなうこの儀式を終えて、みながジョークを言い合う。このような屠殺は、晩秋に行なわれる。気温が下がり、ウジムシの卵を植えつけるハエが減り、肉も保存もしやすくなるからだ。食肉はふた家族が冬の間に食べるのに十分であるばかりでなく、何人もの友人たちにビーフパックをプレゼントできる。
トニーノによると、このような屠殺は市街地では違法だ。だがこの大男は、サルデーニャの伝統的なルールにしたがってこの慣習を続けている。では、警察がトニーノを捕らえたらどうするか、と私は尋ねた。
「罰金を払うさ」とトニーノは声をひそめて言い、空洞になった死骸に目をやり、鋭いナイフで肉を削り取りながら、言い足した。
「あるいは、肉の塊をあげればいい」
しばらく経ってから、私は天井の低いキッチンに招じ入れられた。トニーノの妻ジョヴァンナはどっしりした体格で、目玉がよく動いて、知的な感じを与える。テーブルにすわった彼女は、私たちにワインをすすめてくれた(とても、断れる雰囲気ではなかった)。屠殺小屋を取り仕切っているのはトニーノだが、家を切り回しているのは奥さんのジョヴァンナだ。私がトニーノに質問すると、彼女から答えが返ってくる。奥さんは、太い腕を組んで、こう言う。
「トニーノは、仕事をするために生まれてきたような人ですよ。朝は早くから夜も遅くまで、働き詰めです。見てごらんなさい。また屠殺小屋に戻りたくて、ウズウズしてますよ」
なるほど、彼はテーブルを指で叩いてイラついている。でも奥さんが指摘したので、トニーノは申しわけなさそうに目を伏せた。
「その間、わたしは家のこと、子どもたちのこと、家計のことなんかをやってます。おカネが、なくなっちまわないようにね」