タイパ重視の時代、「映画を早送りで観る」人を否定すべきではない
映像を「楽」に観るための改変も文明進化の必然
しかし本書の終盤において、著者は決定的な「答え」を提示する。技術と時代との関係がそれだ。
技術はいつの時代も、人類がより快適に生活を送るための手段として存在してきた。技術は人類不変の「楽をしたい」という希望を叶えてきたのだ。18世紀から19世紀に起こった産業革命にしろ、20世紀から21世紀に起こったIT革命にしろ、その目的は人々が「楽になる」ことだった。(283ページより)
もちろん、映像を観るという行為もそうだ。
19世紀末のフランスにおいて、映像を有料で公開する世界初の映画館が誕生した。次いで1950年代には家庭にテレビが導入され、人々は場所的な制約から解放された。
1980年代にはVHSやDVDが時間的制約を取り払い、2000年代後半には配信が登場して物理的・金銭的制約を取り払う。そして2010年代後半からは、倍速視聴・10秒飛ばし機能が実装されたことで時間的制約はさらに小さくなったのだ。
そう考えれば、倍速機能や10秒飛ばしによって映像を「楽」に観られるように改変することも文明進化の必然と考えられるわけである。
もちろん"それだけ"で片づけられることではなく、さまざまな問題が絡みついている。
例えば大学生であれば、「奨学金を支払うために学校とアルバイトを両立させているため時間がない」というような事情も関係しているかもしれない。だとすれば、単に「価値観が変わったから」とまとめてしまうわけにはいかない。
だから難しいのだが、とはいえ我々は今、そんな時代に生きている。倍速機能に不快感を覚えるのであれば、通常モードで観ればいいだけの話。でも、だからといって、倍速機能を使う人を否定すべきではない。
堂々巡りで絶対的な"正解"にはたどりつけそうにないが、それこそが現代が現代たる所以なのだろう。
『映画を早送りで観る人たち
ファスト映画・ネタバレ――コンテンツ消費の現在形』
稲田豊史 著
光文社新書
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[筆者]
印南敦史
1962年生まれ。東京都出身。作家、書評家。広告代理店勤務時代にライターとして活動開始。現在は他に「ライフハッカー[日本版]」「東洋経済オンライン」「WEBRONZA」「サライ.jp」「WANI BOOKOUT」などで連載を持つほか、「ダ・ヴィンチ」などにも寄稿。ベストセラーとなった『遅読家のための読書術』(ダイヤモンド社)をはじめ、『世界一やさしい読書習慣定着メソッド』(大和書房)、『読んでも読んでも忘れてしまう人のための読書術』(星海社新書)、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』(日本実業出版社)など著作多数。新刊は、『書評の仕事』(ワニブックス)。2020年6月、日本一ネットにより「書評執筆本数日本一」に認定された。