最新記事

BOOKS

タイパ重視の時代、「映画を早送りで観る」人を否定すべきではない

2022年5月27日(金)12時35分
印南敦史(作家、書評家)

オタクに憧れるが、時間を費やしたくない若者たち

背景の2つ目は、コスパ(コストパフォーマンス)を求める人が増えたこと。倍速視聴する人は、「時間コスパ」を追求しているというわけだ。最近は「タイムパフォーマンス」の略で「タイパ」とか「タムパ」と呼ばれているらしい。

現代の若者の多くは専門性を持つオタクに憧れており、「なにかのエキスパートになりたい」という意識が強いそうだ。とはいえ、オタクになるために膨大な時間を費やして多数の作品を鑑賞し、鑑賞力や独自の価値観を形成していくプロセスは嫌うという。そうしたことは「タイパが悪い」からだ。

つまりそこでは、「作品を鑑賞する」ことと「コンテンツを消費する」こととの差が曖昧になっている。

本来、「鑑賞」とは作品に触れ、味わい、没頭することだ。その結果、作品の中から自分にとっての価値を見出すわけである。だが「消費」とは使用することであり、ここでは「世の中の話題についていく」「他者とのコミュニケーションに役立てる」などの目的と紐づいている。


 2時間の映画を10分で観る。これは「古今東西の名著100冊を5分であらすじだけ読む」に類するノリか。あるいは、「忙しいビジネスマンが、通勤中にオーディオブックでベストセラービジネス本を聴く」行動に近いのかもしれない。(「序章 大いなる違和感」より)

それが行きすぎた結果、「切り抜き動画」や、損害賠償を起こされ現在話題となっている「ファスト映画」がもてはやされるようになったということなのだろうか。

そして3つ目の背景として指摘されているのが、セリフで全てを説明する映像作品が増えたこと。


 TVアニメシリーズ『鬼滅の刃』(第一期)の第1話。主人公の竈門炭治郎は、雪の中を走りながら「息が苦しい、凍てついた空気で肺が痛い」と言い、雪深い中で崖から落下すると「助かった、雪で」と言う。
 しかし、そのセリフは必要だろうか。丁寧に作画されたアニメーション表現と声優による息遣いの芝居によって、そんな状況は説明されなくてもわかる。(「序章 大いなる違和感」より)

『鬼滅の刃』をわずか2話(正確には1話半)でドロップアウトした私に偉そうなことは言えないが、確かにおっしゃるとおりである。

だから、こうした状況になった理由をさまざまな角度から検証する本書を読み進めていくうち、多少なりとも複雑な気持ちになっていった。

その一方、「困った時代である」と片づけてしまっていいのかという疑問を拭うこともできなかった。ただ否定するだけでは、なにも解決するはずがない。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

金総書記、プーチン氏に新年メッセージ 朝ロ同盟を称

ワールド

タイとカンボジアが停戦で合意、72時間 紛争再燃に

ワールド

アングル:求人詐欺で戦場へ、ロシアの戦争に駆り出さ

ワールド

ロシアがキーウを大規模攻撃=ウクライナ当局
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 2
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指すのは、真田広之とは「別の道」【独占インタビュー】
  • 3
    【世界を変える「透視」技術】数学の天才が開発...癌や電池の検査、石油探索、セキュリティゲートなど応用範囲は広大
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」と…
  • 6
    中国、米艦攻撃ミサイル能力を強化 米本土と日本が…
  • 7
    アベノミクス以降の日本経済は「異常」だった...10年…
  • 8
    中国、インドをWTOに提訴...一体なぜ?
  • 9
    【クイズ】世界で最も1人当たりの「ワイン消費量」が…
  • 10
    「衣装がしょぼすぎ...」ノーラン監督・最新作の予告…
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指すのは、真田広之とは「別の道」【独占インタビュー】
  • 4
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 5
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「…
  • 6
    中国、インドをWTOに提訴...一体なぜ?
  • 7
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 8
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 9
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 10
    アベノミクス以降の日本経済は「異常」だった...10年…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 3
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 6
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 7
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 8
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 9
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 10
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中