最新記事

スポーツ

フィギュア5回転ジャンプ...物理的「限界」への挑戦と、「芸術性」軽視の批判

An Impossible Dream?

2022年3月2日(水)17時10分
マディ・ベンダー(科学ジャーナリスト)

220308P55_GTN_03.jpg

北京五輪で4回転を跳ぶロシアのアレクサンドラ・トゥルソワ YOHEI OSADA/AFLO SPORT

4回転を跳ばなければ勝てないというプレッシャーで、有能な女子選手が若いうちに引退しているという指摘もある。実際、4年前の平昌五輪で金メダルを獲得したアリーナ・ザギトワは、17歳で事実上の引退を表明した。もっと若くて、4回転を跳べる可能性のある選手に道を譲らなくてはならなかったのだろう。

それでもトップクラスの選手たちは、「4」の次の「5」を目指す。だが、思春期を過ぎて「大人」の体形になった女子選手には4回転すら難しいとすれば、男子でも5回転は肉体的に不可能かもしれない。羽生でさえ、まだ4回転半も成功できていない。5回転など、とても......と思ってしまう。

フィギュアスケートの物理学に詳しい米イサカ大学のデボラ・キング教授(運動科学)も、「5回転ジャンプは物理的・身体的な限界への挑戦だと思う」と言う。

理論的には可能だけれど

なぜ限界なのか。ジャンプで回転するには、垂直方向に高く跳ぶと同時に、水平方向にも急速に回転しなければならない。だが、スケートで氷を蹴って生み出せるエネルギーには限界がある。限りあるエネルギーを回転に使えば、ジャンプの高さが出ない。

ならば、もっと筋力を鍛えればいいと思われるかもしれないが、必ずしもそうではない。筋力があれば、確かに高くは跳べる。だが、水平方向の回転速度は上がらない。仮に氷面に傾斜をつければ、滞空時間が伸びて5回転も可能になるかもしれないが、それはこの競技に似合わない。

ジャンプに関する物理学的な考察は、これまで多くの論文でなされている。そのほとんどが、5回転ジャンプは理論的には可能だが、途方もなく困難と結論付けている。そのとおりだろう。だが本当の問題は、死に物狂いで5回転ジャンプを跳んだとして、それで観客が喜ぶかどうかだ。

まず、採点に関するテクニカルな問題がある。ジャンプの場合、申告した回転数より4分の1から2分の1回転足りないと、回転不足と見なされる。言い換えれば、4.5回転を少しでも超えれば5回転と認められる(ただし満点をもらうには4.75回転以上が必要)。北京五輪での羽生は、クワッドアクセルの判定基準にわずかに及ばなかった。つまり4回転は超えたが、4.25回転には届かなかった。だから「失敗」とされた。

空中での回転不足を補うため、踏み切る直前に体をひねり始める選手もいる。これはプレローテーション(プレロテ)と呼ばれ、もちろん減点対象だが、回転不足と比べて判定しにくいので見逃されやすい。でもプレロテ+4.25回転で5回転と言われても、誰も納得しないだろう。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米共和強硬派ゲーツ氏、司法長官の指名辞退 買春疑惑

ビジネス

車載電池のスウェーデン・ノースボルト、米で破産申請

ビジネス

自動車大手、トランプ氏にEV税控除維持と自動運転促

ビジネス

米アポロ、後継者巡り火花 トランプ人事でCEOも離
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対する中国人と日本人の反応が違う
  • 2
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱が抜け落ちたサービスの行く末は?
  • 3
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 4
    【ヨルダン王室】生後3カ月のイマン王女、早くもサッ…
  • 5
    NewJeans生みの親ミン・ヒジン、インスタフォローをす…
  • 6
    元幼稚園教諭の女性兵士がロシアの巡航ミサイル「Kh-…
  • 7
    ウクライナ軍、ロシア領内の兵器庫攻撃に「ATACMSを…
  • 8
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    若者を追い込む少子化社会、日本・韓国で強まる閉塞感
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査を受けたら...衝撃的な結果に「謎が解けた」
  • 3
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り捨てる」しかない理由
  • 4
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    アインシュタイン理論にズレ? 宇宙膨張が示す新たな…
  • 7
    沖縄ではマーガリンを「バター」と呼び、味噌汁はも…
  • 8
    クルスク州の戦場はロシア兵の「肉挽き機」に...ロシ…
  • 9
    メーガン妃が「輝きを失った瞬間」が話題に...その時…
  • 10
    中国富裕層の日本移住が増える訳......日本の医療制…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大きな身体を「丸呑み」する衝撃シーンの撮影に成功
  • 4
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 5
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 6
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 7
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 8
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 9
    モスクワで高層ビルより高い「糞水(ふんすい)」噴…
  • 10
    ロシア陣地で大胆攻撃、集中砲火にも屈せず...M2ブラ…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中