最新記事

BOOKS

「物語はイズムを超える」翻訳家・くぼたのぞみと読み解くアフリカ文学の旗手・アディーチェ

2020年1月16日(木)18時00分
Torus(トーラス)by ABEJA

くぼた:『イジェアウェレへ フェミニスト宣言、15の提案』の中で、アディーチェはジェンダーの問題として、「相手との関係で、それを逆にするとおなじ結果になるか」と問うことを、人間として「対等」かどうかを考えるための「ものさし」として提案しています。

これを男女の関係のなかで、北と南の格差を絡めて描いてみせたのが、「なにかが首のまわりに」の海辺の喧嘩のエピソードであり、プレゼントのエピソードなんですね。たとえばナイジェリアに住む彼女の親戚が、アメリカをただ見るために訪れることができるだろうか。相手のプレゼントと同じ価値のものを、裕福な白人男性に贈り返せるだろうか、と。

立場を逆にして同じことが起こらないのであれば、両者の関係は人間として対等ではありえません。これは、常に「与える側」にいる強者が、「そういうものだ」という先入観で、生まれながらに与えられた特権として見落としていることです。

最初のバージョンからアディーチェが「ありがとう」を削ったのは、その辺のことと関係がありそうですね。

アフリカから見える「世界」

私がアディーチェの名前を知ったのは2002年、短編「アメリカにいる、きみ」が、アフリカ文学の登竜門であるケイン賞の最終候補になったときです。

とてもいい作品を書く人だなと思っていたら、ネット上でアディーチェ自身のインタビュー記事をいくつも目にするようになりました。ああ、若い才能が出てきたなあ、とうれしかったですね。

人口が2億人近いナイジェリアは、1990年代後半まで軍政でした。民政に移行してから、壊滅状態だった出版産業が息を吹き返します。いまでは経済の伸び率がアフリカ最大と言われています。

Torus_Kubota05.jpg

くぼた:私にとって、翻訳家としての最初の仕事は、J.M.クッツェー※の『マイケル・K』(1983年初版、ブッカー賞受賞作)で、クッツェー初の邦訳書として1989年に出ました。


※John Maxwell Coetzee:2003年、ノーベル文学賞受賞。受賞理由の中で「作品は、よく練られた構成と、想像力に富んだ対話、優れた分析が特徴だ。しかし同時に西洋文明の残酷な合理主義とうわべだけのモラリティには容赦なく批判の目を向ける」(プレスリリースより)などと評された。

くぼた:それ以来、クッツェーを8冊、アディーチェを7冊訳してきました。年齢は大きく違うアディーチェとクッツェーですが、訳者の私には、アフリカ大陸で生まれた作家として補完しあう関係にある、そんなふうに思えます。

白人で、南アフリカのオランダ系植民者の家系に生まれたクッツェーは、若いころから自分が植民者の末裔であることを厳しく自己検証しながら小説を書いてきました。

アパルトヘイトとは目に見えるかたちの植民地主義として20世紀末まで残っていた、暴力的な政治経済制度です。クッツェーはその中で生きた人です。アフリカでは白人、黒人の作家を問わず、コロニアリズムを深く真摯に批判する作品が書かれ、ものの見方を変える土台になってきました。

クッツェーはそれをさらに進めて、いまは英語という覇権言語にも抵抗しています。2018年に『モラルの話』をまずスペイン語と日本語で出しましたが、英語版は出ていません。

「北」の「白人」中心の「唯我独尊の世界観ではすまないぞ」ということに、多くの人が気づき始めたんだと思います。人間の尊厳を問うそんな文学空間の中心には、ポストコロニアリズムとフェミニズムの思想があると言えるかもしれません。

でもその空間は、「イズム」だけではなく多くの「物語」によって豊かに耕されてきたんです。そんなふうにして、アディーチェの登場する舞台は整えられてきたのでしょう。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ベトナム対米黒字、1月は前年比30%増 中国からの

ビジネス

TOPIX採用企業は今期0.2%増益の予想、来期も

ワールド

インド中銀、予想通り政策金利据え置き スタンスは「

ビジネス

トヨタが3年ぶり社長交代、近CFOが昇格 佐藤氏は
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプの帝国
特集:トランプの帝国
2026年2月10日号(2/ 3発売)

南北アメリカの完全支配を狙うトランプの戦略は中国を利し、世界の経済勢力図を完全に塗り替える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    グラフが示す「米国人のトランプ離れ」の実態...最新世論調査が示すトランプ政権への評価とは
  • 2
    米戦闘機、空母エイブラハム・リンカーンに接近したイラン製ドローンを撃墜
  • 3
    高市積極財政にアメリカが慌てる理由
  • 4
    「右足全体が食われた」...突如ビーチに現れたサメが…
  • 5
    致死率は最大75%のニパウイルスが、世界規模で感染…
  • 6
    「反トランプの顔ぶれ」にMAGAが怒り心頭...グリーン…
  • 7
    ユキヒョウと自撮りの女性、顔をかまれ激しく襲われ…
  • 8
    エプスタインが政権中枢の情報をプーチンに流してい…
  • 9
    関税を振り回すトランプのオウンゴール...インドとEU…
  • 10
    地球の近くで「第2の地球」が発見されたかも! その…
  • 1
    高市積極財政にアメリカが慌てる理由
  • 2
    日本への威圧を強める中国...「レアアース依存」から脱却する道筋
  • 3
    180万トンの「リチウムごみ」を資源に...EV電池の「副産物」で建設業界のあの問題を解決
  • 4
    致死率は最大75%のニパウイルスが、世界規模で感染…
  • 5
    ロシア軍の前線で「弾よけ」にされるアフリカ人...兵…
  • 6
    「出禁」も覚悟? ディズニーランドで緊急停止した乗…
  • 7
    グラフが示す「米国人のトランプ離れ」の実態...最新…
  • 8
    高市首相の発言は正しかった...「対中圧力」と「揺れ…
  • 9
    米戦闘機、空母エイブラハム・リンカーンに接近した…
  • 10
    中国で大規模な金鉱脈の発見が相次ぐ...埋蔵量は世界…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?【2025年の話題クイズ5選】
  • 2
    【クイズ】致死率50~75%...インドで感染拡大「ニパウイルス」の感染源となる動物は?
  • 3
    中国製防空レーダーは米軍のベネズエラ攻撃に屈した──台湾高官が分析
  • 4
    高市積極財政にアメリカが慌てる理由
  • 5
    セーターが消えた冬 ── 暖かさの主戦場が「インナー」…
  • 6
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?【202…
  • 7
    海上自衛隊が水中無人機(UUV)を導入 中国の海軍拡…
  • 8
    防衛省が「新SSM」の映像を公開、ノルウェー・コング…
  • 9
    中国で大規模な金鉱脈の発見が相次ぐ...埋蔵量は世界…
  • 10
    【クイズ】韓国を抜いて1位に...世界で最も「出生率…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中